老化モノ短編集

BOX0987

文字の大きさ
上 下
9 / 15

ハーレムの頂点

しおりを挟む
「エル様、王のお帰りです」
従者から声がかかる。
私は姿勢を正し、王が部屋に来るのを待つ。

2年前。
凱旋中だった国王・ニールは、
道端に座っていた奴隷を見つけた。
そして、その場で妻にすると宣言したのだ。
その奴隷が私だ。

ニール王の心の清さは国中の知る所だ。
平等で、勇敢で、家族思い。
その件も、王の行いを讃える声が圧倒的に大きかった。

ようやく人生に光明が差したと思ったが、
王宮生活にも大きな障害があった。
王には既に3人の妻がいたのだ。

第一夫人ラオ。
第二夫人イース。
第三夫人アルバ。

ラオは貴族の娘で、最年長の妻だ。
裕福で、とてもおおらかである。

イースは商人の娘。
大変教養にあふれ、社交的。

アルバは元娼婦で、極めて美しい。
また、頭も回る。

ここで不自由なく過ごすには、王の寵愛を得る必要がある。
いくら心優しいとはいえ、「好み」や「お気に入り」はあるものだ。
そこに収まれば、私の幸福は確約されたも同然。

しかし、私は金もなく、コネクションもない。
美人な方だとは思うが、それもアルバには敵わない。

それでも、他の妻たちにはどうしても負けたくなかった。
恵まれた家柄で、容貌で、ぬくぬく生きてきた女どもには。
どんなに汚かろうと、使える手は使うしかない。
私が勝つために。


翌朝。
日課の散歩に出た私は、オアシスで涼んでいた。
今後のことを考えていたが、のし上がる方法など急に思いつくはずもない。

ふと考えるのをやめて遠くを見た時、
木の根元に何かが見えた。
近づいて掘り起こすと、それは箱のようだ。
錆びてはいるが豪華な装飾があり、
王宮にある品のどれとも異なるデザインだった。
鍵はかかっていない様子だったので、私は箱を開けてみた。

すると、箱からは謎の手が伸びてきた。
その手は箱のふちを掴み、体を押し上げる様にして本体が姿を現す。

予想外の出来事に私が怯えている間に
箱から這い出た「それ」は、私の姿を認めたようだ。

その時、私は不思議な感覚を味わった。
「それ」が発する音は全くもって馴染みのない発音だったが、その意味が明瞭に理解できたのだ。

どうやら、「それ」は私に恩義を感じ、3つの願いを叶えてくれるとのことだ。

いまだ怯えていたが、これもまたチャンスだ。
私は3つの願いをこれから考えると伝え、「それ」は退散した。


それから色々考えたが、
一番手っ取り早いのは金だろう。
使い道がいくらでもある。

私は「有り余るほどの金」を願った。
その瞬間、私の中に「それ」の声が聞こえてきた。

「聞き届けた」
声はこう言っていた。

翌日、目が覚めた私の目に飛び込んできたのは部屋を埋め尽くすほどの金銀財宝だった。
ドアをノックし、入ってきた従者が、
部屋の中を見て腰を抜かしていた。
私は王を呼ぶ様に伝え、従者はすぐに王を呼びに行った。

騒ぎを聞きつけた他の妻たちが、部屋を訪れた。
皆突然の事態に目を丸くしていた。
冷静さを取り戻したアルバが口を開く。

「エルさん、こんなお金どうしたの?どこから持ってきたのかしら?」
私は願いのことを隠し、朝起きたらそこにあったと伝えた。
しかし、納得していない様子だ。

「本当かしらね?あなたにこんな大金を渡す人がいるなんて思えないんだけど…」
「そうね、ちょっと不自然というか…」
イースもアルバも明らかに私を疑っていた。

その様子でようやく気づいた。
こんな状況、誰がみても怪しい。
私の出自を根拠に、盗んで来たと邪推する者もいるだろう。

おおらかなラオは二人をなだめてくれているが、
ニール王が私の言い分を信じてくれるとは限らない。

そこに、従者に呼ばれたニール王がやってきた。
アルバとイースが何か耳打ちした後、
王は私の隣に座った。

「エル、何があったか、私に教えてくれないか?」
王は怪しんでいる様子を見せず、優しく尋ねた。
私は同じ説明をした。
そして、この金を国庫に入れたいと進言した。
王は頷き、私に微笑みかけて出ていった。
この件は結局、
「出所不明の金が私の部屋に投げ込まれ、そのまま持ち主不明で国庫に入った」ということになった。


贈り物は完全に失敗だ。
結果的に想定していた使い方になったが、
なんらプラスには働いていない。
それどころか、イースとアルバは私を怪しんで、
何をするにも疑いの目を向けてくるようになった。

次の願いを考えるため、
私は王のお気に入りと、その理由を考察することにした。

お気に入りはすぐに分かった。
第一夫人のラオだ。
しかし彼女は良い部分が多すぎて、逆に要因が特定できない。
それなりに美人で、金持ちで、心優しい。
段々と煮詰まってきた私は、他の妻の価値を下げれば良いと考えるようになった。

特に、アルバとイースはとても煩わしい。
ならば無力化すれば良いのだ。
面倒が減る上、労せず地位を上げることができる。
私は2つ目の願いを唱えた。
「イース、アルバが難しいことを考えようとすると、眠ってしまうようにして」

効果はすぐに現れた。
イースとアルバは大事な会談や社交の場で居眠りを連発し、大きく信頼を落とした。
やがて精神を病んだようで、
近頃はアルバの美貌にも陰りが見える。

うまく作用したかに思えたが、問題もあった。
病んでしまったイースとアルバを気遣って、王は最近2人と過ごす日が増えた。
これでは自分をアピールできない。
また、別の方法を考えなければ。


ここにきて、私は完全に煮詰まってしまった。
いまだにラオの地位を崩せていない。
こうなれば、あとは自分自身をどうにかするしかない。
私は3つ目の願いを唱えた。
「どんな手段でも良いから、私が王に一番愛されるようにして」

翌日。
目を覚ました私は、やけに体が重いことに気づいた。
私は従者が来るまで寝ることにした。

ふと、大きな音がして目が覚めた。
音のした方を見ると、従者が倒れそうなほど震えているし、足元にはコップの破片が散乱している。

「お…お顔が」
あわあわと、従者は絞り出すように言う。
顔?私の顔がどうかしたのだろうか?
私は従者に鏡を持って来させた。
そして、顔を確認した…

現れたのは老婆の姿だった。
私は鏡に映ったものが信じられず、奪うように鏡を手に取る。
信じられないことだが、映っているのは確かに私だ。
直感的に自分の老いた姿だと分かってしまうのだ。
鏡を握る手は細くシワだらけになり、髪も真っ白。
耐えられなくなった私は、つい大声で泣いてしまった。

これまでの願いの代償なのか?
他人を陥れるような願いをした報いか?
それとも、3番目の願いの結果がこれなのか?
いずれにせよ、こんな姿になっては全てお終いだ…。

従者はこの姿を見られないよう、シーツを被せてくれた。
しばらく泣いていると、足音が聞こえてきた。王が来たようだ。
王は周りの人を退散させ、1人部屋に入ってきた。

「嫌…見…見ないで…」
顔を隠そうとしたが、シーツはそっと取られてしまった。

「こ…これは…」
こんな姿を晒しては、私はもうここに置いてもらえないだろう。
今更元の身分に戻されても、生きていけない。

「美しい…それにそっくりだ…」
王の口から出たのは、全く予想外の言葉だった。
話を聞くと、今の私はニール王の乳母によく似ているらしい。
ニール王は幼い頃乳母によく懐いており、
彼女を理想的な女性と考えていたそうだ。
それが高じてか、密かな趣味として歳を取った女性が好きらしい。

その時、私は気づいた。
なぜラオが王のお気に入りだったのか。
彼女は私たちよりかなり年上だ。
そして心優しく、面倒見がいい。
私たち妻の中で最も、王の理想像に近かったのだ。

王は今、白くなった私の髪を愛おしそうに撫でている。
そんな彼を包むように、背中に手を回し、囁いた。

「ありがとう…ニール」
「これからもずっと、愛してるわ」
王は子どものような顔で、嬉しそうに笑った。


「ニール、もう演説の時間よ」
「ああ、もうそんな時間か。では、行ってくるよ」
彼は私にキスをして演説に向かった。
まだ、膝にはニールの温もりが残っている。
私はニールの「お気に入り」になった。
彼は今も、平等に妻と接している。
しかし私にだけは、より強く愛情を求めてくれるのだ。

年老いて以来、ニールの求めている言葉や態度が手に取るように分かる。
這い出た「何か」は、3つ目の願いをきちんと叶えてくれたのだ。

念の為ニールは私を医者に診せたが、
急激に見た目が年老いたこと以外は全く健康で、まだ何十年も生きられるという。

この幸せな生活はこれからも続く。
ニールを愛し、愛される日々。
そのために私は若さを失った。
いや、本当にそれだけだろうか?
ニールと私を繋ぐ「愛」は、他の妻と同じものだろうか?
ニールが私だけに見せる姿。その感情はなんだ?
ニールは本当に、「私のことを」愛しているのか?

顔のシワに触れるたびに、
白い髪を眺めるたびに、考える。

ニールにとっての、ハーレムの頂点。
それはきっと…


しおりを挟む

処理中です...