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番外編 幼なじみはあの娘に夢中
2.あんなに小さかったのに
その男が実はまだ十六歳だなんて、いったいだれが信じるだろう。
十字路の黒髭亭のカウンターに腰を据えてこちらを見ている姿は、とても年下には思えない。
周囲で酒を飲む大人の男たちと比べても、むしろ貫禄があるくらいだった。
「はい、揚げ鶏のおかわり、どうぞ」
ジュリエットが大皿をニコラスの前におく。
ニコラスは体つきに見合わない無邪気な笑顔を浮かべた。
「ありがとう、ジュリねえちゃん」
「やめてよ、そんな呼び方してたの、小さいころだけじゃない」
「だって、ジュリねえちゃんって呼ぶまで、俺のこと忘れてたみたいだからさ」
「ニコラスのことは忘れてないって。こんなに大きくなってるとは思わなかったのよ」
一応気を遣って、小声で話をする。
さすがに働きはじめて一日目なので、大人しくしていなければ。
それに気づいたニコラスはニコッと笑うと、追加の注文をした。
「果実水のおかわりもお願い」
「麦酒は飲まないの?」
「酒は飲めないんだ……」
悔しそうに唇をかむニコラス。
しゅんと落ちこむ様子が大人しい子供だったニックの姿と重なって、ちょっと笑ってしまった。
「おーい、そこのあんた、麦酒を頼むよ!」
「こっちもだ!」
十字路の黒髭亭は王都でも大きな酒場だ。
広めの店内のあちこちから女給であるジュリエットに声がかかった。
「はーい、ただいま!」
一日の労働を終えた男たちの憩いの場であるこの店は、酒だけではなく食事も出している。庶民の味ではあるけれど、大盛りで濃い味つけの料理は男たちに評判がいい。
ジュリエットは厨房に注文を伝えると、できあがった料理の皿を元気よく配りはじめた。
「おまたせ! いっぱい食べてね」
その様子をカウンターの端に座ったニコラスがじっと見つめているのに、ジュリエットは気づいた。
昼間ニコラスと再会した時、一緒にお茶でも飲まないかと誘ったのだけれど、ニコラスは仕事中だった。
今は鍛冶屋の弟子になっているらしい。ジュリエットが帰ってきたという噂を聞いて休憩時間に探していたとのことだった。
ジュリエットが十字路の黒髭亭で女給として働くことになったと軽く話すと、ニコラスは仕事が終わったら酒場に行くと言うので、その場は別れた。
「はい、ニコラスもお待たせ!」
果実水をニコラスの前に置く。ニコラスの手が木製のカップをつかんだ。
大きな手だ。
これがあのかわいかったニックだなんて、まだ信じられない。
「せっかく来てくれたのに、あんまり話していられなくてごめんね」
「ああ、ジュリエットの仕事が終わるまで待ってるから、一緒に帰ろう」
「遅くなるわよ」
「大丈夫。もう、すぐに眠くなる子供じゃないよ」
ニコラスが唇をゆがめて大人っぽく苦笑する。声もすごく低くなってしまっていて、びっくりだ。
ジュリエットは「じゃあ、またあとでね」と言うと、酒場のざわめきの中に戻った。
やがて夜が更け、酒の入った客が女給をからかったり絡んだりしはじめる。ジュリエットも酔っぱらいに体をさわられて嫌な思いをしたが、なんとかあしらって仕事を続けた。
まあ、酒場の女給なんてこんなものだ。生活費がたまるまでの辛抱だ。
ニコラスは暇なのか、そんなジュリエットを飽きずに見つめているようだ。ジュリエットはその視線を閉店までずっと背中に感じていた。
「いつまであの店で働くの?」
ニコラスに聞かれて、ジュリエットは首をかしげた。
「そうねー、新しい部屋に引っ越す資金がたまるまでかな」
「新しい部屋?」
「うん。今の部屋はとりあえずで借りたところだから、ちょっと狭いし台所もなくて不便なのよね」
せめて食事は自分で作りたい。市場で総菜を買ってくるより節約になるし。
店じまいした酒場をあとにして、ニコラスと並んで深夜の繁華街を歩く。
まだいくつか開いている店もあるけれど、ほとんどは営業を終えている。人っ子一人いない路地は静かで真っ暗だ。ニコラスの持つランタンの明かりだけが狭い範囲の闇を照らしている。
王都はレスルーラ王国最大の都市で、街を警備する兵士も多いし自警団の組織もしっかりしている。規模のわりに治安のいい街だった。
でも、夜の王都は不気味で、予想以上に怖かった。
「す、すぐそこなのよ。送ってくれてありがとう」
十字路の黒髭亭を職場に選んだのは、住まいから近かったからだ。歩いて数分だし、夜でもまあ大丈夫だろうと思っていたのだけれど……。
ニコラスに送ってもらってよかった。
集合住宅の玄関にたどりついて、ジュリエットはひそかに安堵の息を吐いた。
「明日も行くから」
「え?」
「遅くなっても行くから、待ってて」
「十字路の黒髭亭に来るの?」
「うん。ジュリエットの仕事が終わったら、また家まで送る」
ニコラスを見あげると、彼はにこにこと笑っていた。
その無邪気そうな笑顔に安心感を覚えるのと同時に、なんで久しぶりに会った友人にそこまでしてくれるのだろうと疑問を感じた。
「でも……」
「飯のついでだしさ、女の子が夜道を一人で帰るなんてやっぱり危険だよ」
年下の幼なじみから、女の子扱いされてしまった。
あんなに小さかったのに、まるで一人前の大人みたいな口のきき方。
「ニコラスこそ危なくないの? 家、遠いんでしょ?」
「俺は平気だよ」
またにっこりと笑うと、ニコラスはちょっと照れくさそうに頭をかいた。
「あー、俺さ」
「……?」
「二年前、ジュリエットがいなくなってから荒れたんだ。喧嘩ばっかりするようになって」
「ニコラスが?」
「それで、おまえみたいな乱暴者は鍛冶屋の親方に鍛えてもらえって親に言われて、今の親方に弟子入りした」
繊細な少年だったニコラスが暴力をふるうようになったなんて、とても信じられない。でも、今の筋肉に覆われた体を見ていると、この二年でいろんなことがあったんだろうなと思わざるをえなかった。
「俺、大人になるよ。仕事ももっと真面目にやる」
「うん……? 偉いね、ニコラスは」
「将来は、自分の鍛冶屋を持って親方になる。絶対苦労はさせないからさ、その……」
ニコラスは急に大きな図体をもじもじさせはじめる。
ジュリエットがその奇妙な態度にぽかんとしていると、彼は突然大きな声で叫んだ。
「なんでもない! じゃあ、また明日!!」
そして、ジュリエットを玄関の中に押しこむと、「ちゃんと鍵かけてね」と扉の向こうでつぶやいた。
「う、うん。おやすみ、ニコラス」
「おやすみ」
玄関に鍵をかけると、ニコラスが帰っていく気配がした。
ジュリエットは呆気に取られて、しばらくその場で立ち尽くしていた。
けれど、ニコラスの言動の理由はニコラスにしかわからないのだから、これ以上考えても時間の無駄だ。その分、睡眠時間を確保して翌日に備えたほうがいい。
「さて、明日も忙しくなるかな。バリバリお金稼ごうっと」
その夜はとてもよく眠れた。
内容は覚えていないけれど、すごく楽しい夢を見た気がした。
それから数週間後、王都はある喜ばしい話題で持ち切りだった。
レスルーラ王国王太子ヴィンセントの婚約が国民に発表されたのだ。
ジュリエットが十字路の黒髭亭に出勤すると、同僚たちは以前のパレードで見たヴィンセントの様子や婚約のお相手の令嬢の話で盛りあがっている。
「王太子殿下は素敵よね。近衛騎士団の団長様もかっこいいけど!」
「前の婚約者様が突然獣人の国に嫁がれたから、どうしたのかと思ってたのよね」
「とにかくめでたいこと。よかったよかった」
ヴィンセントとは同じ学園に通って、個人的にも話をするような間柄だった。おまけに前の婚約者、アナスタージアが金獅子朝ブライ帝国に嫁ぐきっかけになった事件には、自分も深くかかわっている。
けれど、さすがにその秘密は墓まで持っていかなければならない。
「へえー、そうなんだ」
ジュリエットが軽く受け流していると、年上の女給がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「あんたには素敵な恋人がいるもんね。毎晩、家まで送ってくれるなんて、熱々じゃない」
「恋人? あれは違うわよ。単なる幼なじみ」
「またまた~!」
二、三人の女からやいのやいのとこづかれる。
「あれ、今おなかに入ったひじ、結構痛かったんだけど?」
「あはは、冗談冗談」
ちょっと本気のどつきだった気がする。
ジュリエットが苦笑してふたたび掃除を始めると、女たちは噂話に戻っていった。
「王太子殿下の婚約者は、まだ十歳にもならないんだって」
「あら、じゃあ結婚はずいぶん先なのねー」
どうやら婚約者のご令嬢は、獣人国とは別の国の王女らしい。伯爵令嬢だった時にさんざん聞いた『政略結婚』というやつか。
そのお姫様はまだ小さいのにレスルーラ王国に移り住んで、王妃殿下のもとで花嫁修業を始めるという話だった。
「さあ、そろそろ開店よ。みんな、おしゃべりはそのへんにして、今日もしっかりね!」
奥から出てきた年かさの女将が号令をかけた。
「はーい!」
ジュリエットも大きな声で気合いを入れる。
顔なじみの客を席に案内しながら、ジュリエットは少しだけヴィンセントのことを思った。
最後に彼と会った時、アナスタージアにふられてずいぶん気を落としているようだった。だけど、最初にアナスタージアを突き放したのはヴィンセントなのだからしょうがない。
だれもが自分のように吹っ切れる性格ではないのは、さすがにわかっている。
それでも、ヴィンセントはきっと立ち直れると信じたい。平民になるジュリエットのことを心配してくれたし、別に悪い人ではないのだ。
「ヴィンセント様に祝福がありますように……」
ジュリエットは手にしていた布巾を置くと窓の外の暮れかけた夕空を見あげ、幸運の女神にそっと祈りを捧げた。
そして、次の瞬間には、もうそのことは忘れてしまっていた。
十字路の黒髭亭が閉店するころ、きっとまた赤毛の大男が迎えに来るだろう。
最近、彼への対処をどうするかで頭がいっぱいなのだ。やけにベタベタしてくるあいつを今夜はどうやってあしらったらいいかしら。
あんなに小さかったのに、かっこよくなっちゃって。まったく、生意気なんだから!
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