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24.駆ける太陽、駆け付ける月⑧
しおりを挟む「そうよ、エル。貴女がいなかったらわたくしは今ここにいなかったでしょう。本当に、ありがとう……護ってくれて」
「奥様……」
どうか思いが伝わりますようにと心を込めて黒瞳を見つめた。
微笑むソルフィオーラの顔が映り、浮かぶ涙で歪んだ。
「僕からもひとつ。エルさん、貴女は窮地に陥っても奥様を護るために冷静な判断が出来る方だ。貴女に倒された山賊たちは皆気絶しているだけでした。それは……奥様に凄惨な場面を見せたくないと思ったからですよね」
すると馬を宥めるノクスからもフォローの言葉が飛んできた。
その内容はソルフィオーラでは気づけなかったことだった。
エルと共にノクスへ目を向けると、彼は馬に視線を注ぎながらもその横顔は優しさに満ちていた。
「執事様……そう、です」
エルから小さく肯定の言葉が漏れた。
あの時は窮地に陥ったことでソルフィオーラも動揺していたので、男たちを斬っていないことに気が付かなかった。
エルの剣は片刃だ。そういえばエルが男たちに斬りかかった──と思われる瞬間、ソルフィオーラは思わず目を覆っていたことを思い出す。
蛙が潰れたような声が次々と聞こえてきただけで斬ったところは見ていないのだった。
それに追い詰められてエルが剣を抜いた時、その刃に血はついていなかった。
きっと血を見てショックを受けるかもしれないと思ったのだろう。実際、ソルフィオーラは肩を押さえる御者の手の隙間から流れるものを目にして動揺していたのだから。
あんな窮地に陥った時でもエル自身の恐怖を後回しにして自分を気遣ってくれていたことを知り、ソルフィオーラの目にも涙が滲み始める。
「わたくし……心から、思うわ。エルがわたくしの騎士で良かったと」
「──奥様……」
とうとうエルの瞳から涙が零れる。唇を噛み締めてエルは俯いた。
ソルフィオーラはエルを抱き締め、震える背中を擦った。ずっと、ずっと自分の為に頑張ってくれてありがとうと労いを込めて。いつも彼女がそうしてくれるように。
さあ、一歩踏み出す時が来た。
ソルフィオーラはブルームの方に涙で濡れた顔を向ける。しかし、その顔に浮かべるのは泣き顔ではない。笑顔だ。
「……ブルーム様」
「……ソフィー」
色味は違えど、しかし同じ青色の眼差しが交差した。
今度は絶対に逸らしはしない。ブルームを青空に映して、ソルフィオーラは微笑んだ。
「わたくしもお話ししたいことがありますの。……聞いて、いただけますか?」
「ああ、もちろんだ。ソフィー」
ブルームもまた微笑み返してくれた。
その表情は不機嫌という言葉が似つかわしくないほどに温かいものだった。
「教えて欲しい。貴女の口から二人のことをもっと────。だから、私と一緒に帰ってくれないだろうか?」
そして再び差し出された手。
自分よりも一回り大きな手だ。ソルフィオーラはそっと指先を乗せた。
「はい、もちろんです」
そのとき木の間から差し込んだ光が二人の手を照らす。
それはまるで、すれ違いっぱなしの月と太陽がようやく巡り合えた瞬間を祝福するかの如く。
あたたかな陽射しが不器用な夫婦を包み込んだ。
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