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私の秘密

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「イヴ……どうして」
「……この前は、あなた、私の話も聞かずに帰っちゃったでしょう? 私、あなたに言わなきゃいけないことがあるの」
「それは、俺が好きって言えない理由?」

 私はこくんと頷いた。こんなの、もう自分の気持ちを認めているようなものだということは気づかないふりをして。
 今度こそちゃんと伝えなければいけない。
 私のことを、私の家のことを。

「私の家はね……私が生まれる少し前に王都を追放されたの。元の家名はね、メディシナ。今はもうない『薬師の魔女』の称号を王から賜っていた家なの」

 メディシナ家が王国の歴史から名を消されることになったのは、私が生まれる少し前。約二十六年前のことだ。
 元々は、王国内各地の治癒院を運営する「治癒の魔女」キュアーレ家と王国内各地に薬を行き渡らせる「薬師の魔女」メディシナ家で四大家門と共に国を支えていた。
 だから、おばあさまと先代のイグニス火爵様は面識があるはずだ。四大家門と並んで国のために従事していたのだから、顔を合わせる機会は当然あったと思う。

 あるとき、地方を中心に未知の病が流行した。四肢が白カビのようなもので覆われ、やがて白カビは体内にまで至り最悪死んでしまうという奇病だった。
 未知の病の流行阻止のために奔走したのが、キュアーレ家とメディシナ家だ。
 キュアーレ家で患者の治療にあたり、メディシナ家で病に対応する薬の製造を急ぐことになった。両家の努力で病流行は収束の兆しが見え始めていたのだけど、感染防止を徹底していたはずの王城内で初めて感染者が出てしまったのだ。
 その人は、現国王の妻、王妃様だった。
 幸運なことに治療法は確立しつつあり薬もできていたので、王妃様はすぐに快復すると誰もが思っていた。
 でも、とても残念なことに王妃様は亡くなられてしまった。メディシナ家が調合した薬を飲んだその直後に。

 このことでメディシナ家は王妃暗殺の疑いをかけられてしまった。
 だけど、当然ながらメディシナ家にそんな恐ろしいことをする動機はない。
 メディシナ家の当主だったおばあさまは反論したのだけど、ずっとずっと昔、国王様が即位される前おばあさまと国王様が恋仲であったことや、王妃との婚姻を機に別れていることを突き詰められ、王妃が倒れたことで魔がさしたのだろうと糾弾されてしまったのだ。
 恋仲であったことも、破局のきっかけも事実ではあった。でももう何十年も前のことだ。あの頃は若かったと、笑えてしまうくらいにはお互いに老いている。
 おばあさまの否定も反論も、聞き入れてくれる人は誰もいなかった。
 議論の結果、家門・・の剥奪ならびに王都追放が決まった。
 本来なら死刑に値する大罪だ。
 証拠がないことや犯行の動機としては十分に考えられるものの決め手とするには弱いという意見や、メディシナ家の功績を考慮しての結論だった。

 メディシナ家がやっていた薬の製造は全てキュアーレ家に引き継がれることになり、名乗る家名を奪われたおばあさまたちは王都を出た。
 そのときにおじいさまはショックで自ら命を絶ち、私の父は身重の母を置いて失踪したのだ。
 唯一おばあさまを信じたのが、実の娘である私の母だった。
 当時のおばあさまはとても辛かったと思う。
 今まで自分がしたことは一体何だったのだと、きっと悔しい思いを抱えていただろう。
 でも、おばあさまはそんな素振りを一切見せず、穏やかに、そして強く生きていた。
 私には優しくて、本当に大好きなおばあさまだ。
 だから、王都追放となった経緯を聞いて心から信じられなかった。

「私にこんな重たい秘密があったなんて、思いもしなかったでしょう? 私がこんな場所で独りでいるのは、だからなの」

 私が話している間、シュティルは何も言わなかった。
 このときばかりは黙ってちゃんと聞いていてくれたらしい。
 私はずっと手で目を覆ったままでいたから、どんな顔で私の話を聞いてくれていたのかは分からないけれど。

「あなたのお父様は、きっと先代火爵様からうちのことを聞いて知っていると思うわ」
「……」
「だから……私とあなたじゃ、釣り合わない。あなたがどんなに私を想ってくれていようと、こんな名乗る家名もない女なんて認められるわけが」
「はああ……」

 唐突に、陰気なため息が私の言葉を遮った。
 シュティルの手が目を覆い続けている私の手を掴んだ。
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