お姫様と七人の悪魔

詠月あさひ

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契約

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「それで、貴様はどうする?」

「な、何がでしょう……」

悪魔の姿から人間の姿に戻ったスペルは、要点をいうことなく問だけを私に投げかけた。何のことだろう。私には検討がつかず、思わず訊ね返してしまう。すると、面倒だなというようにため息をつかれてしまった。私だってこの状況は果てしなく面倒だ。正直に言ってもう帰りたい。帰る家もなにも、私にはないのだけれど。インヴィーは興味深そうに私とスペルのやり取りを見届けようとする。

「さっき言っただろう。妃からお前を匿ってやるという話だ」

「……でも、悪魔なんでしょう?なにか裏があるのでは……」  

「ひどーい!悪魔だからってそんなふうに疑うの?差別だよ、さ・べ・つ!!」

「…………」

いや、悪魔ってそういうものなのではないだろうか?人間の願いを叶える代わりに、魂を奪うっていうのがお約束だ。インヴィーが私を指さして怒るものの、そういった偏見も仕方が無い種族なのでは?と思ってしまうのが正直なところだ。
 
「まあ、お前が言うとおりだ」

「ですよね……」

やはり何か裏があったか。裏のない善意など存在しないらしい。少し落ち込んで俯く私の顎に手を添えてくいと持ち上げ、無理やり目線を合わせられる。スペルの黄金の目は星のように綺麗だった。

「お前の命を守ってやる。その代わり、七つの欲を体現する俺達七人の悪魔のうち誰かと恋に落ちれば、貴様の魂をもらう」

唇と唇が触れ合うのではと思うほど近くで、彼は残酷に告げた。熱い吐息が唇に触れて、思わず息を呑んでしまう。目線をそらしても、そらした先のインヴィーがにやにやとこちらを見ていて、もう目を瞑るくらいしか抵抗の術がなかった。でも、そんなふうに逃げるのは嫌だったので、彼の目をまっすぐに見つめ返した。

「やっぱり、そんなことだろうと思いました」

「嫌いか?こういう遊びは」

スペルの目がすうっと細められる。

「ええ、嫌いよ。とても悪趣味だわ」

「俺達悪魔を楽しませるのが人間の役目だろう。人間らしく俺を楽しませろ」

「嫌といったら?」

「この屋敷から放り出す。そうだな……お前の心臓を欲しがっている妃の前にでも連れていってやろうか?」

殊更楽しげにスペルは愉悦に口元を歪める。許せない。人間の弱みにつけこんで良いようにいたぶる悪魔め。文字通り、彼らは悪魔だ。言い返せずににやりと様子をうかがうインヴィーも、イーラも。

「……わかったわ。でも、もしも私が誰のことも好きにならなかったら?」

「惚れるまで飼い殺してやる」

「……つまり、逃がすつもりはないってこと?」

「そうだな。そう思っても構わない」

とんだ悪魔だ。

でも、だからこそ私には自信があった。こんな悪魔たちに恋心を抱くことなんて、永遠にない。神に誓ったって構わない。百歩譲って惚れるなんてことがあれば、言葉通り魂を奪われたっていい。だって有り得ないからだ。そんなこと、起こり得ないからだ。なんなら隙を見つけて逃げ出して、隣国に行けばいい。どうにかして地図を手に入れて。そうだ、悪魔だから地図くらい持っているはずだ。それを手に入れて、屋敷から逃げ出そう。そうすればいい。隣国まで行けば私のものだ。継母から命を狙われることがなければ、契約を破棄すればいい。踏み倒してしまえばいい。相手は悪魔なんだし、私のような人間を人並みに扱うこともない。それなら安心して、私も彼らを人並に扱う必要も無いだろう。

「いいわ。好きにして!そのかわり、ちゃんと私を匿ってくださいね?」

「ああ、そこは約束しよう。くれぐれも」

俺達から逃げようと思うなよ。

そう言ってスペルは笑った。

そしてスペルは、イーラによって顕にされた首に手を添えると、私の唇に人差し指を触れさせた。そしてその人差し指はすうっと左胸の上に乗せられた。そしてスペルが何らかのよくわからない呪文のようなものを呟けば、胸の上にダークファンタジーでよく見る魔法陣のような紋章が浮かび上がった。それは紫色に発光し、空気に溶けるように消えてしまった。

「今ので契約は終了だ。俺達以外の六人とも同じ契約を交わしたことになっている」

「…………六人?」

「最初に言っただろう。俺達は人の七つの欲を体現した悪魔だと」

そうして体を離したスペル。その間に割り込むインヴィーは、両手を合わせて七本の指を立てる。
 「傲慢のスペル。憤怒のイーラ。嫉妬のインヴィー。怠惰のアケデ。強欲のアワリ。暴食のグーラ。色欲のルッスト。合わせて七人。人間じゃないから、七柱って言った方が正しいのかも?」

名前を言う度に指折りしていくインヴィー。なんと恐ろしいことだ。こんなのが全部で七人もいるのか?しかも、人間の欲を体現した悪魔?なんだろう、響き的にルッストというのが一番恐ろしい気がした。し、色欲のルッスト……怖い。なんというか、女誑しなイメージが浮かんでしまう。

「そのうちの誰か一人とでも恋に落ちれば、そいつにヴィクトリアちゃんの魂を食べる権利があるってこと?」

椅子に座ったインヴィーがスペルを見上げながら訊ねると、スペルは頷いた。

「ああ。まあ、魂を食えるのは俺だがな」

「えー?そんなの分からないよね?ヴィクトリアちゃんが俺を好きになる可能性だってあるじゃん?」

「ないな」

「そもそも、どうして恋愛関係になるんです。別にほかのことだっていいじゃない」

そう口を挟むと、インヴィーが不思議そうな表情を浮かべる。

「だって恋愛感情は人間の感情の中で一番エネルギーが消費されるんだよ?そうやって感情が高ぶってエネルギーが消費されればされるほど、魂はそのぶん美味しくなるし!俺らだってそういう人間の感情を弄ぶのだぁい好きだもん」

「……そうなのですね……」

要するに、魂を美味しく食べる調味料ということなのだろうか?プラス、彼らのお遊び。そんなことに巻き込まれるのも憤慨だが、命がかかっている今、背に腹は変えられない。

「でも、絶対に誰のことも好きになりませんから」

「いいだろう。その言葉、後悔するといい。今に俺のことを愛しているとしか言えないようにしてやろう」

「俺の可能性だってあるんだけどね?」

絶対にないので安心して欲しい。

―――――――――

「おい、今の契約はどういうことだ!あァ!?」

スペルによって閉められていたドアを蹴り飛ばし、現れたのは先程怒った様子で部屋を出ていったイーラだった。瞬間、あの時の出来事を思い出し、嫌な汗をかいてしまう。そうだ、この人に殺されそうになったんだ私は。しかし、スペルはそれがどうしたとでもいうように言葉を返す。

「イーラか。そういうことだ。お前にはこいつの魂はやらん」

「はァ!?何言ってンだお前はよ…!」

「俺ら全員にかけられた契約だからね。他の奴らも気がつけば帰ってくるでしょ」

揉め事早だなぁと呟くインヴィー。私だって揉め事なんて果てしなく嫌だ。こんな怖くて厄介な人が、しかも七人もいるだなんて勘弁していただきたいものだ。特にイーラ。彼に対しては本能的に恐怖が刻み込まれ、普通に会話するのも怖い。すぐに暴力をふるうし……といっても、私本人に殴る蹴るという暴力はなかったが。

「テメェはいつもいつも勝手に決めやがって!ぶち殺すぞ!!?」

「やってみろ。できるものならな」

「やめなよもー。ほら、ヴィクトリアちゃん!お願い!ふたりを止めて!」

「ええっ!?わ、私が!?」

「俺には止められないもーん」

インヴィーが、ばちばちと火花を散らす二人に私をけしかけようとする。こんな間に入ってしまったらまっ黒焦げになるのなんて目に見えてるじゃないか!私という尊い犠牲の上に二人が仲直りしたとしても、当人である私が死んでしまっては意味が無いのではないだろうか。というよりも私は何よりも貴方たちから守られたいと思うのだけれど、如何だろうか。

嘆息しつつ、二人に声をかけた。

「いい加減になさってお二人共。喧嘩していては理解し合えることもできませんわ」

「お前は黙ってろやクソアマ!」

「引っ込んでいろ人間風情が」

「…………」

私ここでやっていける自信が無いのですが。
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