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4.無言の慟哭
ある日のこと、夕陽の名残りが静かに廊下を彩る時間。
わたしはエレノア様の寝室の前で、ドアに耳を澄ませた。
奥から、小さなすすり泣きのような声が聞こえた気がしたから。
規則正しい夕食の時刻にエレノア様は食堂に来ず、
ロイド卿も「放っておけ」と言うばかり。
心配になったわたしは思い切ってドアをそっと開けた。
そこにはベッドの端に腰掛け、眺める先もなく俯くエレノア様の姿。
繊細な横顔が壊れかけの人形のよう。
思わず駆け寄る。
「エレノア様、大丈夫ですか?」
そう声をかけると、彼女は一瞬驚いたように肩を跳ねさせたが、
すぐにわずかに首を左右に振り、微笑もうとした。
「ごめんなさい、メアリー。心配をかけたわね…」
「とんでもありません。わたしがもっと早く気づいていれば…」
「そんなの、あなたのせいではないわ。これはわたくし自身の問題だから」
その言葉がひどく遠くて悲しかった。
まるで「これはわたしだけが耐えるべき苦しみだから気にしなくていい」とでも言うように。
わたしはどうにもならぬ無力感に苛まれつつ、エレノア様に付き添う。
「食事はとられましたか? 少しでも召し上がっていただかないと体がもたないですよ」
「ありがとう。でも、今は少し…」
その続きを言えず、息をつまらせるエレノア様。
部屋の隅にある燭台のか細い灯りが、わたしとエレノア様の影を壁に映し出す。
ふたりの影は寄り添うように重なりながら、どこかに溶けるように薄れていく。
その揺らめきはわたしたちの前に垂れこめる不安そのもののように見えた。
わたしは震える声でただひと言だけ伝えた。
「わたしはずっと側にいます。何かあったら必ず呼んでください」
すると、エレノア様はほんの少しだけ、寂しげな笑顔を見せて、
「ありがとう、メアリー。あなたの優しさがわたしを壊れないように支えてくれる」
そう言ってまつ毛に涙を宿したまま瞳を閉じた。
──
エレノア様の苦しみ。それははたから見ればわからないほど巧みに隠されていた。
わたしという存在がせめて彼女の心を温める一滴となるのなら。
それだけを願い、侍女として淡々と日々をこなした。
一方で、ロイド卿の態度は相変わらず。
どこか淡白でありながら、筋の通った騎士としての振る舞いには一分の乱れもない。
床に就く前に廊下で顔を合わせることがあっても、
「エレノアのことは頼んだぞ」
そんな少しばかりの言葉を静かに投げかけてくるだけで、彼の本質が見えない。
その声の響きはわたしの耳には命令と同じように聞こえた。
(頼んだぞ、などと。あなたは彼女と誓いを交わしたのではないのですか…?)
心の奥でそうつぶやくが、口に出すことはできなかった。
騎士という立場にある人間にとって、結婚はやはり家を守るための責務なのかもしれない。
そう自分を納得させようとしても、納得しきれないわだかまりが残る。
そんな日々が続いたあるとき、思いがけずロイド卿と二人きりで言葉を交わす機会を得た。
夕刻、エレノア様の具合を見に行こうと広い屋敷の回廊を歩いていたら、
中庭の明かりの中に彼の姿が見えたのだ。
薄暗がりに立つロイド卿は闇に溶け込む影のように無口で、
わずかな夕日の残照を受けながら、無表情に空を見つめていた。
わたしは一瞬、引き返そうか迷った。
でも、その硬い面差しにどういうわけか惹かれるものがあった。
近づいてみると彼は気配を感じたのか、顔をこちらへ向けた。
わたしはエレノア様の寝室の前で、ドアに耳を澄ませた。
奥から、小さなすすり泣きのような声が聞こえた気がしたから。
規則正しい夕食の時刻にエレノア様は食堂に来ず、
ロイド卿も「放っておけ」と言うばかり。
心配になったわたしは思い切ってドアをそっと開けた。
そこにはベッドの端に腰掛け、眺める先もなく俯くエレノア様の姿。
繊細な横顔が壊れかけの人形のよう。
思わず駆け寄る。
「エレノア様、大丈夫ですか?」
そう声をかけると、彼女は一瞬驚いたように肩を跳ねさせたが、
すぐにわずかに首を左右に振り、微笑もうとした。
「ごめんなさい、メアリー。心配をかけたわね…」
「とんでもありません。わたしがもっと早く気づいていれば…」
「そんなの、あなたのせいではないわ。これはわたくし自身の問題だから」
その言葉がひどく遠くて悲しかった。
まるで「これはわたしだけが耐えるべき苦しみだから気にしなくていい」とでも言うように。
わたしはどうにもならぬ無力感に苛まれつつ、エレノア様に付き添う。
「食事はとられましたか? 少しでも召し上がっていただかないと体がもたないですよ」
「ありがとう。でも、今は少し…」
その続きを言えず、息をつまらせるエレノア様。
部屋の隅にある燭台のか細い灯りが、わたしとエレノア様の影を壁に映し出す。
ふたりの影は寄り添うように重なりながら、どこかに溶けるように薄れていく。
その揺らめきはわたしたちの前に垂れこめる不安そのもののように見えた。
わたしは震える声でただひと言だけ伝えた。
「わたしはずっと側にいます。何かあったら必ず呼んでください」
すると、エレノア様はほんの少しだけ、寂しげな笑顔を見せて、
「ありがとう、メアリー。あなたの優しさがわたしを壊れないように支えてくれる」
そう言ってまつ毛に涙を宿したまま瞳を閉じた。
──
エレノア様の苦しみ。それははたから見ればわからないほど巧みに隠されていた。
わたしという存在がせめて彼女の心を温める一滴となるのなら。
それだけを願い、侍女として淡々と日々をこなした。
一方で、ロイド卿の態度は相変わらず。
どこか淡白でありながら、筋の通った騎士としての振る舞いには一分の乱れもない。
床に就く前に廊下で顔を合わせることがあっても、
「エレノアのことは頼んだぞ」
そんな少しばかりの言葉を静かに投げかけてくるだけで、彼の本質が見えない。
その声の響きはわたしの耳には命令と同じように聞こえた。
(頼んだぞ、などと。あなたは彼女と誓いを交わしたのではないのですか…?)
心の奥でそうつぶやくが、口に出すことはできなかった。
騎士という立場にある人間にとって、結婚はやはり家を守るための責務なのかもしれない。
そう自分を納得させようとしても、納得しきれないわだかまりが残る。
そんな日々が続いたあるとき、思いがけずロイド卿と二人きりで言葉を交わす機会を得た。
夕刻、エレノア様の具合を見に行こうと広い屋敷の回廊を歩いていたら、
中庭の明かりの中に彼の姿が見えたのだ。
薄暗がりに立つロイド卿は闇に溶け込む影のように無口で、
わずかな夕日の残照を受けながら、無表情に空を見つめていた。
わたしは一瞬、引き返そうか迷った。
でも、その硬い面差しにどういうわけか惹かれるものがあった。
近づいてみると彼は気配を感じたのか、顔をこちらへ向けた。
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