【完結】夫ではない旦那様の子を身ごもりました

遠野エン

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6.ねじれた香り

「こんにちは、旦那様。いかがお過ごしですか?」
そう尋ねても彼はすぐには答えない。
ただしばらくの間、わたしをじっと見やっていた。
目元から放たれる雰囲気が前より柔らかい気がする。


「お前はいつもエレノアの側にいるのだな」
「はい。それがわたしの務めですから」
「…務め?」

彼は自嘲するように、口元にわずかな苦笑を浮かべた。
「いや、何でもない。そうだな、お前は彼女の幼いころからの友人だと聞く。
 小さなころから共に育ってきたのか」

「あの方の足元にも及びませんが、それでもわたしにとっては掛け替えのない存在です」
言い終わった途端、ふと胸が熱くなり視線を落とした。
ロイド卿は低い声で続ける。


「エレノアはあまり自分の心を人前で見せない。
 貴族としての務めが身につきすぎているのかもしれないな。
 お前なら彼女を笑顔にしてやれるのではないかと思うが、どうだ?」

「わたしは…あの方の友人として少しでもお力になりたいです。
 夫であるあなた様こそ、エレノア様を支えるべき存在なのではないでしょうか」


その瞬間、彼はわずかに呼吸を止めた。
きっと誰もがロイド卿に対してこんなことを面と向かって言ったりはしないのだろう。
不敬を承知で、どうしても言わずにいられなかった。

「わたし如きが口をはさむのはおこがましいですが、
 エレノア様の涙を本当に拭ってあげられるのは、最もそばにいるあなた様なのではないですか」


彼はしばらく黙った後、重い吐息をついた。
「お前は不思議な娘だな。侍女という立場を忘れてでもエレノアを思いやるのか」

「わたしは父を幼い頃に亡くしました。
 母と二人暮らしでいつも不安定な日々でした。
 そんなわたしにエレノア様が手を差しのべてくださった。
 あれほどの優しさを示してくださった方はほかにいませんでした」

わたしの言葉を聞くうちに、ロイド卿の表情が変化していくのを感じた。
わずかに下唇を噛む仕草に、彼の内なる葛藤が静かに映し出されているようだった。


そのとき、屋敷の扉からエレノア様の姿が見えた。
午後の光に照らされた貴婦人は幻影のように繊細で、儚く、美しい。
彼女がわたしたちを見つけると、言葉をかけるでもなく小さく微笑んだ。
その笑みはわたしやロイド卿に緊張を強いるだけの寂しさをはらんでいた。


わたしは思わずエレノア様のほうへと駆け寄る。
「エレノア様、今日は日差しが強うございます。どうか日陰にお移りください」

美しい瞳を伏せ、エレノア様はわたしを気遣った。
「ありがとう、メアリー。大丈夫よ。
 あなたも旦那様とお話をしていたのなら邪魔をして悪かったわ」

「いえ、そんな。わたしなど旦那様に相手をしていただけるほどの立場では…」
そう答えるとエレノア様は少しだけ笑ってから、かすかな声で言った。
「あなたはわたくしにとって何よりも大切。ロイド様にそう伝えても構わないのよ。
 あの方はきっと少し不器用なだけなの。わたくしもうまく笑えなくてごめんなさい」


その様子を見ていたロイド卿はわずかにうつむいたまま、
「先に部屋に戻る」
そう言い残して先へ立ち去った。

わたしたちの間を通り過ぎる一陣の風が、花の香りをかすかに運んでいた。
その香りはどこか甘く切なく、わたしの胸を締めつけた。
感想 16

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