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11.混乱からの救出
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狩猟の行列は緑深い森へと足を踏み入れた。
馬車は木々の合間をぎこちなく進み、車輪が泥にのめり込みそうになるたび、従者たちが声を上げる。
最初は小雨だったが、やがて大粒の雫がぽつぽつと落ちはじめ、
見る間に激しい夕立のような様相を呈してきた。
「これは参るな…領主様どうなさるのだろう」
「今日の狩りは中止ではないか」
そんな声が聞こえるが、領主様がお止めになる気配はない。
むしろ、森の奥深くへと進んでいくように騎士たちは指示を受けているらしい。
わたしは侍女仲間とともに馬車に留まっていたが、
雨が強まるにつれ、あちこちで馬や人が混乱し始めた。
「わぁっ、馬が暴れ始めた!」
「どうする、どうする?」
全身が石になったかのように硬直し、ただ立ちすくむことしかできなかった。
まるで森そのものが牙を剥き、侵入者を拒んでいるかのような荒々しい風と雨。
しんと冷たく、容赦ない雨音が地を打つたびに、震えは増していく。
やがて視界がきかなくなるほど雨が強まってくると、馬車を動かすのも困難になった。
団長を務める騎士が声を上げる。
「ここで一旦、狩猟隊は解散だ! 無理に進むと危険だ。
各自、夜までに近くの小屋や簡易の野営地に避難せよ。
領主様も撤退のご意向である!」
この言葉を合図に一行は急ぎ雨宿りの場所を探し始める。
どこを見渡しても森の中は黒い闇が迫り、
そして、わたしは完全に混乱の渦に巻き込まれていた。
侍女たちの中で馬を扱える者もおらず、それぞれパニックに近い状態。
「メアリー、あなたはどうするの?」
「わからない! ここにいても危険だし、一体どこへ…」
騒然とした馬車内で、侍女たちが我先にと出口へ殺到する中、
わたしだけは恐怖で足が地に根付いたように一歩も踏み出せなかった。
馬車は軋み、雨が車内に吹き込んでくる。
わたしのみが取り残された。
頭では逃げなければと理解していたものの、体はすくんで微動だにしなかった。
──そのとき。
「おい、こっちだ!」
聞き覚えのある低い声。
振り返るとロイド卿が馬に乗り、こちらを視認している。
「メアリー、こちらへ来い!」
彼はわたしに向かって手を伸ばした。
一瞬、わたしの心は強く動揺し思考が追いつかなくなる。
──なぜ、わたしを?
それでも、崩れかけた馬車の中に留まるほうが危険だと直感し、
必死に彼のほうへ駆け寄った。
びしょ濡れになった髪が頬に貼りつき、視界がぼやける。
ロイド卿は勢いよく手をのばし、わたしの腕をつかむと馬上へと引き上げた。
「しっかり、つかまれ!」
わたしは必死に彼の腰にしがみつく。
嵐の唸り声と馬の荒い息づかいが混ざり合い、頭が割れそうなほど騒々しい。
そのなかでロイド卿の声だけが
明瞭な輪郭をもってわたしの耳に入り込んできた。
「ここから少し奥に、小さな狩り小屋があるらしい。そこへ避難する!」
濡れたマントがわたしの手に触れ、まるで氷のように冷たい。
けれど、その奥には確かな体温を感じた。
──危険だ。この状況を脱さねばならない。
命の危険を感じているというのに、なのになぜ
どうして胸がこんなにも高鳴るのだろう。
わたしは濡れそぼった馬上で息をこらし、その問いを押し殺した。
馬車は木々の合間をぎこちなく進み、車輪が泥にのめり込みそうになるたび、従者たちが声を上げる。
最初は小雨だったが、やがて大粒の雫がぽつぽつと落ちはじめ、
見る間に激しい夕立のような様相を呈してきた。
「これは参るな…領主様どうなさるのだろう」
「今日の狩りは中止ではないか」
そんな声が聞こえるが、領主様がお止めになる気配はない。
むしろ、森の奥深くへと進んでいくように騎士たちは指示を受けているらしい。
わたしは侍女仲間とともに馬車に留まっていたが、
雨が強まるにつれ、あちこちで馬や人が混乱し始めた。
「わぁっ、馬が暴れ始めた!」
「どうする、どうする?」
全身が石になったかのように硬直し、ただ立ちすくむことしかできなかった。
まるで森そのものが牙を剥き、侵入者を拒んでいるかのような荒々しい風と雨。
しんと冷たく、容赦ない雨音が地を打つたびに、震えは増していく。
やがて視界がきかなくなるほど雨が強まってくると、馬車を動かすのも困難になった。
団長を務める騎士が声を上げる。
「ここで一旦、狩猟隊は解散だ! 無理に進むと危険だ。
各自、夜までに近くの小屋や簡易の野営地に避難せよ。
領主様も撤退のご意向である!」
この言葉を合図に一行は急ぎ雨宿りの場所を探し始める。
どこを見渡しても森の中は黒い闇が迫り、
そして、わたしは完全に混乱の渦に巻き込まれていた。
侍女たちの中で馬を扱える者もおらず、それぞれパニックに近い状態。
「メアリー、あなたはどうするの?」
「わからない! ここにいても危険だし、一体どこへ…」
騒然とした馬車内で、侍女たちが我先にと出口へ殺到する中、
わたしだけは恐怖で足が地に根付いたように一歩も踏み出せなかった。
馬車は軋み、雨が車内に吹き込んでくる。
わたしのみが取り残された。
頭では逃げなければと理解していたものの、体はすくんで微動だにしなかった。
──そのとき。
「おい、こっちだ!」
聞き覚えのある低い声。
振り返るとロイド卿が馬に乗り、こちらを視認している。
「メアリー、こちらへ来い!」
彼はわたしに向かって手を伸ばした。
一瞬、わたしの心は強く動揺し思考が追いつかなくなる。
──なぜ、わたしを?
それでも、崩れかけた馬車の中に留まるほうが危険だと直感し、
必死に彼のほうへ駆け寄った。
びしょ濡れになった髪が頬に貼りつき、視界がぼやける。
ロイド卿は勢いよく手をのばし、わたしの腕をつかむと馬上へと引き上げた。
「しっかり、つかまれ!」
わたしは必死に彼の腰にしがみつく。
嵐の唸り声と馬の荒い息づかいが混ざり合い、頭が割れそうなほど騒々しい。
そのなかでロイド卿の声だけが
明瞭な輪郭をもってわたしの耳に入り込んできた。
「ここから少し奥に、小さな狩り小屋があるらしい。そこへ避難する!」
濡れたマントがわたしの手に触れ、まるで氷のように冷たい。
けれど、その奥には確かな体温を感じた。
──危険だ。この状況を脱さねばならない。
命の危険を感じているというのに、なのになぜ
どうして胸がこんなにも高鳴るのだろう。
わたしは濡れそぼった馬上で息をこらし、その問いを押し殺した。
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