【完結】夫ではない旦那様の子を身ごもりました

遠野エン

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16.禁断の抱擁

朝を告げる鳥の声など聞こえないまま、
わたしたちは嵐の長い夜を明かそうとしていた。
雨が軽くなったかと思えば、また勢いを増し、
外の様子をうかがおうにも闇が深すぎる。

一睡するたびに目を覚ましては、火が消えないようにする作業を繰り返す。
ロイド卿と交代で薪をくべながら、息を潜めるように時を過ごした。


すると、ふとした瞬間、火の勢いがぱちぱちと鳴る音の合間に、
ロイド卿がわたしの名を呼んだ。
「メアリー…少し話がしたい」
「はい…?」
わたしは椅子の上で身を起こし、薄明かりの中で彼の顔をうかがう。


「お前はエレノアのことで色々悩んでいるようだが、
 それだけではないように見える。
 俺を憎んでいるのか? あるいはもう少し近づきたいと思っているのか?
 どちらなのか俺にも分からない」

動悸が激しさを増し、そのうねりは外の嵐をも凌ぐほどだった。
「それは…。わたしはあなたを憎むなんて…そんなことは」
「ではどうして視線を逸らす?」

彼の問いに答えられず、わたしはうつむく。
言葉にできない感情が喉の奥でくすぶり、どうしても形にならない。


やがてロイド卿は静かに立ち上がって、わたしの手を取った。
驚きに息をのむわたしを前に、彼は穏やかな力でわたしを引き寄せる。
火の灯りが揺れ、彼の瞳にゆらめく炎が映る。


「これは不当なことだと分かっている。
 だが俺はお前を見ていると、心が少し安まるんだ。
 エレノアとはうまくいかないのに、お前の存在が俺の中で大きくなっている。
 それがどんな罪かも分かっている」

その言葉にわたしの頭は真っ白になる。
(罪…そう、わたしも同じ気持ち。
 これがどれほど許されない感情か、十分承知している)
なのに、わたしの胸は痛むほど鼓動を刻み、
彼との距離を否定したくはないと思ってしまう。


──まるで掟を破ろうとする背徳の心。
エレノア様を愛し、守るはずの人をわたしは求めている?
それとも彼もまた、わたしに救いを見いだそうとしているの?

逃げるように目を逸らそうとすると、彼の手がわたしの頬に触れた。
その瞬間、全身が震え、息が詰まる。

甘い感傷と押し寄せる後ろめたさ。
どちらが強いか分からないまま、わたしはカーテンを引かれるように思考が徐々にかき消されていく。

雷鳴が再びとどろき、閃光が小屋の中を一瞬白く染め上げる。
次の瞬間、わたしはロイド卿の腕の中にいた。
彼の体温と濡れた衣服の冷たさが同時に混在する感触がわたしを包みこむ。
なぜ泣きそうになるのか、自分でもわからない。


気づけばわたしの唇は震えていて、言葉も出てこなかった。
彼はわたしの耳元で小さく呟く。
「すまない…」

次にはもう、わたしたちは理性という柵を乗り越え始めていた。


──わずかな時間。
しかし、その時間の中でわたしの心はせめぎ合い、やがて震える声を上げながら、
絶対に越えてはならない一線を越えることを受け入れてしまった。


嵐の音がすべてをかき消し、長い夜の闇がわたしたちを覆い隠す。
乱れる呼吸、熱い吐息。
あのとき、どちらから先に触れ合ったのか、わたしにははっきりとわからない。
けれど気づけば、わたしの背には彼の手が回り、
そしてわたしはその腕にすがりつくように応えていた。

冷たい指先と熱い肌のコントラストが、深い罪の感触を伴ってわたしの身体を蝕む。
(だめ…こんなことは絶対にいけない…)
どれほど心の中で叫んでも、身体は彼を拒もうとはせずむしろ求めてしまう。


──いつしか外の世界は静けさを取り戻し始めていた。
風は遠ざかり、雨足も幾分か弱まっているように感じられる。

小屋の中では別の嵐が吹き荒れ、わたしの理性を掻き乱していた。

やがて、すべてが押し寄せ、そして静寂に溶けた。
稲光は遠くなり、代わりにわたしの胸の奥で雷鳴が轟いた。
ロイド卿の肩越しに薄明かりの窓を見つめることしかできない。


(わたしはなんということをしてしまったのだろう…)
エレノア様への忠誠、そして彼女への友情。
そのすべてを裏切る行為をわたしは自らの意思で受け容れてしまった。


──涙が頬を伝う。
それが自責の念ゆえなのか、あるいは別の感情が混ざり合っているのか、わたしには判別できなかった。
感想 16

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