【完結】夫ではない旦那様の子を身ごもりました

遠野エン

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19.運命の胎動

内なる自分の中で何かが息づき始めたと気づいたのは、
あの瞬間から時を経た後だった。
それは荒れ狂う嵐の夜が残した爪痕なのか、
あるいはその夜に芽生えた罪深い熱情なのか。
いずれにせよ、わたしは自分の身体に起きる変化を
最初はただの体調不良だと思いこんでいた。
日を追うごとに吐き気や眩暈が続き、
些細なことで涙がこぼれるようになって──ある朝、確信してしまった。


──わたしは身ごもっている。


その瞬間、世界が音を失ったように静まりかえり、
胸の鼓動が自分の耳を打つ音だけ、やけに大きく響いた。
窓の外で鳴く一羽の鳥の声すら、遠く幽かなものに思えた。


わたしはメアリー・ティスデル。
エレノア様の侍女であり、幼き頃からの友として長年あの方に仕えてきた。

誇りと喜びをもって過ごすはずのこの地で、わたしは今、許されざる罪を犯してしまった。
その罪がわたしの身体のなかにひとつの新しい命を宿した。


その相手は──領主に仕える名高き騎士ロイド卿。
わたしの敬愛するエレノア様の夫であり、わたしにとっては絶対に越えてはならない存在だった。

なのに嵐の夜の小屋で、わたしたちは境界を踏み越えてしまった。

あの先は戻れぬ闇だと知りながらも、刻一刻と流れる時間のなかで、
わたしはどうしても抗えない衝動に身を委ねてしまったのだ。

そして、この身体に訪れた“運命の胎動”。
それは己の罪を証言するかのようにわたしを苛み、
同時に説明できぬほどの愛しさと恐怖をない交ぜにして、わたしを夜ごと苦しめ続けた。


──


朝の仕事を終えて台所の裏口に立ち、吐き気を抑えるように壁に寄りかかっていたとき、
エレノア様を世話する侍女仲間が心配そうに声をかけてきた。

「メアリー、顔色が悪いけれど、大丈夫? 最近やつれてるわ」
必死に笑みを作り、首を振る。
「少し、寝不足なの…ありがとう。でも平気よ」


偽りの言葉を並べるたび、心臓が張り裂けそうになった。
真正面から「あなたは妊娠しているのでは?」と問い詰められたわけではない。
けれど一度でもその可能性を指摘されれば、嘘を貫ける自信などわたしにはなかった。


侍女仲間に背を向けるようにそそくさと立ち去り、
人気のない廊下でしばし足を止める。
嘘がいつか露見してしまうのではないか──
息が詰まるような重苦しさがのしかかる。

かといってこの真実を打ち明けてしまえば、わたしは何もかも失うだろう。
これが見知らぬ街の旅人との一夜の過ちであれば、もっと違う選択もあったかもしれない。
相手はあのロイド卿──わたしが許されざる行為をともにしたエレノア様の夫。


(どうしよう…)


頭の中で何度となく「逃げたい」という言葉が響く。
それが最大の答えなのかもしれない。
誰にも気づかれないうちに、領地を出て行く。
そうすればこの不義の子を抱えながらも、遠いどこかでひっそりと生きることができるかもしれない。

それでも、わたしの足は重く、決断を下せぬまま一日一日を過ごしている。
今もエレノア様の部屋へ向かおうとしているけれど、
ドアを開けるたび、友の優しいまなざしに出会うたび、
「わたしはなんという裏切りをしているのだろう」と突き刺される。
感想 16

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