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20.二つの新命
ある午後、エレノア様の呼び出しに応じて、館近くの丘へと向かった。
薄曇りの空は重く垂れこめ、風は冷たくはないのに、
どこか湿り気を含んで肌にまとわりついた。
あの方はわたしをどう思っているだろう。
あの日、嵐の狩猟から戻ったわたしは明らかに様子がおかしかったに違いない。
にもかかわらず、エレノア様は何事もなかったかのように接してくださる。
それがかえってわたしの心に重くのしかかっていた。
昔、まだお互いが幼子だった頃、エレノア様とわたしがいつも
走り回っていたあのたんぽぽ畑が視界の先にぼんやりと浮かんでいた。
子どもの頃、あの丘の斜面を転がり落ちながら、
エレノアさまとわたしは笑い合った。
わたしは泥まみれのスカートを気にすることもなく、ただ風の声に耳をすませ、
草のにおいに夢中になった。エレノアさまは真っ白な服をよごしながらも、
「メアリー、もっと転がりましょう」と無邪気な笑みを見せた。
けれど今、そのたんぽぽ畑は綿毛が飛び散って、
残された茎が短く立ち並ぶ荒涼とした姿を見せている。
日差しが隠れているせいか少し寂しげで、遠目には荒地のようにも映る。
そこに一人でぽつんとエレノア様は立っていた。
わたしは身だしなみを正しながら深呼吸をする。
「メアリー、来てくれてありがとう」
声は穏やかで、わたしを誘うように響く。
以前よりは少し体調が持ち直しているようだが、顔色はまだあまり良くない。
わたしはあてどもなく視線を彷徨わせる。
「い、いえ……あの…お体のほうはいかがですか?」
「ええ、少しずつだけれど落ち着いてきたわ。医師にも診てもらったの」
エレノア様は
「ねえ、メアリー…実はわたくしに嬉しい兆しがあるの」
「嬉しい兆し…ですか?」
「おそらく赤ちゃんができたみたいなの。まだはっきりとは言えないけれど、医師にそう言われたわ」
その瞬間、わたしの視界がゆらぎ、頭が真っ白になった。
エレノア様が待ち望んだ妊娠を…?
当然、わたしは「おめでとうございます!」と叫ぶように祝福すべき立場にある。
にもかかわらず、わたしの口はうまく動かず、息を飲みこんだまま言葉を失ってしまった。
「長い間、家のためにも、わたくし自身のためにも子を授かりたいと願っていたの。
誰よりも先にあなたに伝えたかった。
小さい頃からわたくしの隣にいてくれた大切な人だから」
エレノア様の表情は希望の光で満ちていた。
心臓はますます重くなる。
隣にいたはずなのに裏切った。
わたしはようやく言葉を搾り出す。
「そ、そうですか…それは本当に、おめでとう…ございます」
その言葉は震え、うわずり、そしてあまりにも薄っぺらく感じられた。
でも本心からの祝福の気持ちも確かにある。
わたしはエレノア様が幸せになる姿を心から望んできたのだ。
なのに、同時にわたしの腹部には“あの方”との子がいる。
ひとつ屋敷の下、エレノア様も、そしてわたしも子を宿している。
その不条理に耐えきれず、わたしは膝に手を当て震える息を整えた。
「大丈夫? 顔が真っ青よ」
エレノア様の指先がわたしの手の甲に触れる。
その優しさに触れた瞬間、押し込めていた声にならない嘆きが胸を突き上げた。
(わたしはこんなにも恩知らずな裏切り者なのに…)
「だ、大丈夫です。少し疲れてるのかもしれません…」
精一杯笑顔を作ってみせたが視界が暗く滲んだ。
エレノア様は不安そうに眉をひそめ、そっとわたしの背をさすってくださる。
──ああ、こんなにも温かな主君であり友人。
どうして、あの夜、あんな過ちを犯してしまったのだろう。
きっと、この方が授かった命こそが真に祝福されるべき未来の子なのに。
自分の腹部に宿る子をどう扱えばよいのか、もはや分からなくなっていた。
薄曇りの空は重く垂れこめ、風は冷たくはないのに、
どこか湿り気を含んで肌にまとわりついた。
あの方はわたしをどう思っているだろう。
あの日、嵐の狩猟から戻ったわたしは明らかに様子がおかしかったに違いない。
にもかかわらず、エレノア様は何事もなかったかのように接してくださる。
それがかえってわたしの心に重くのしかかっていた。
昔、まだお互いが幼子だった頃、エレノア様とわたしがいつも
走り回っていたあのたんぽぽ畑が視界の先にぼんやりと浮かんでいた。
子どもの頃、あの丘の斜面を転がり落ちながら、
エレノアさまとわたしは笑い合った。
わたしは泥まみれのスカートを気にすることもなく、ただ風の声に耳をすませ、
草のにおいに夢中になった。エレノアさまは真っ白な服をよごしながらも、
「メアリー、もっと転がりましょう」と無邪気な笑みを見せた。
けれど今、そのたんぽぽ畑は綿毛が飛び散って、
残された茎が短く立ち並ぶ荒涼とした姿を見せている。
日差しが隠れているせいか少し寂しげで、遠目には荒地のようにも映る。
そこに一人でぽつんとエレノア様は立っていた。
わたしは身だしなみを正しながら深呼吸をする。
「メアリー、来てくれてありがとう」
声は穏やかで、わたしを誘うように響く。
以前よりは少し体調が持ち直しているようだが、顔色はまだあまり良くない。
わたしはあてどもなく視線を彷徨わせる。
「い、いえ……あの…お体のほうはいかがですか?」
「ええ、少しずつだけれど落ち着いてきたわ。医師にも診てもらったの」
エレノア様は
「ねえ、メアリー…実はわたくしに嬉しい兆しがあるの」
「嬉しい兆し…ですか?」
「おそらく赤ちゃんができたみたいなの。まだはっきりとは言えないけれど、医師にそう言われたわ」
その瞬間、わたしの視界がゆらぎ、頭が真っ白になった。
エレノア様が待ち望んだ妊娠を…?
当然、わたしは「おめでとうございます!」と叫ぶように祝福すべき立場にある。
にもかかわらず、わたしの口はうまく動かず、息を飲みこんだまま言葉を失ってしまった。
「長い間、家のためにも、わたくし自身のためにも子を授かりたいと願っていたの。
誰よりも先にあなたに伝えたかった。
小さい頃からわたくしの隣にいてくれた大切な人だから」
エレノア様の表情は希望の光で満ちていた。
心臓はますます重くなる。
隣にいたはずなのに裏切った。
わたしはようやく言葉を搾り出す。
「そ、そうですか…それは本当に、おめでとう…ございます」
その言葉は震え、うわずり、そしてあまりにも薄っぺらく感じられた。
でも本心からの祝福の気持ちも確かにある。
わたしはエレノア様が幸せになる姿を心から望んできたのだ。
なのに、同時にわたしの腹部には“あの方”との子がいる。
ひとつ屋敷の下、エレノア様も、そしてわたしも子を宿している。
その不条理に耐えきれず、わたしは膝に手を当て震える息を整えた。
「大丈夫? 顔が真っ青よ」
エレノア様の指先がわたしの手の甲に触れる。
その優しさに触れた瞬間、押し込めていた声にならない嘆きが胸を突き上げた。
(わたしはこんなにも恩知らずな裏切り者なのに…)
「だ、大丈夫です。少し疲れてるのかもしれません…」
精一杯笑顔を作ってみせたが視界が暗く滲んだ。
エレノア様は不安そうに眉をひそめ、そっとわたしの背をさすってくださる。
──ああ、こんなにも温かな主君であり友人。
どうして、あの夜、あんな過ちを犯してしまったのだろう。
きっと、この方が授かった命こそが真に祝福されるべき未来の子なのに。
自分の腹部に宿る子をどう扱えばよいのか、もはや分からなくなっていた。
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