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21.出口なき迷路
エレノア様が妊娠したという知らせは、瞬く間に城内を包み、
遠方の親族や領民の間にも「ついに後継ぎ誕生の兆し」との噂が広がっていった。
ロイド卿も表情には出さなくとも、どこかほっとしている様子がうかがえる。
「よくぞ、エレノアが…」
彼はそれほど多くを語らないが、まわりの使用人たちはその喜びを代弁するように大騒ぎだった。
わたしの目から見ても、
ロイド卿は以前よりエレノア様を気遣う様子がはっきりと増え、
食事の際や医師の往診などにも同席することが増えた。
二人のあいだの意思疎通も、以前ほどの冷え切った空気は和らいでいるように感じられる。
おそらく夫婦としての絆を深める最大の機会を子の存在が作っているのだろう。
それを目の当たりにするたび、わたしの心は相反する痛みに襲われる。
──良かった。エレノア様が心から笑って過ごせるのなら、それこそが望んだ未来。
その光景を見つめながら、自分の腹を抱えておびえる。
わたしもあなたの夫との子を授かってしまった。
なんという残酷な事実。
夜、寝床につくとき、その重圧が胸を押しつぶし呼吸もままならなくなる。
──いっそ、この命をこのまま失ってしまえば…。
そう頭をかすめるたび、わたしは自らの愚かさを思い知る。
誰にも相談できない。
もしロイド卿に告げたところであの人はどうするだろうか。
苦しむエレノア様を前に、わたしと子を守るなどという選択をするはずがない。
そして、わたし自身もそれを彼に望む資格などまるでない。
出口のない迷路。
その中で、生まれて初めて強く思ったことがある。
(わたしは逃げ出さなくてはならない…)
そう結論づける魂の声が少しずつ大きくなっていった。
──
どのように逃げればいいのか。
たとえば夜明け前に数枚の衣服と少しの食料、金貨を持ち出して姿を消す。
そうしたところで森を越えた先は知らない土地ばかり。
どこかで雇ってもらえるかもしれないが、身重となれば仕事も限られる。
それ以前にこの屋敷で育ったわたしが家出のように出奔することは大きな騒ぎとなるだろう。
何よりエレノア様がどれほど悲しむか──それを考えただけで足がすくむ。
とはいえ、残ればどうなる?
このままお腹が大きくなれば、誰が父親なのか問われるのは明白だ。
安易な嘘で切り抜けられる問題ではない。
最悪の場合、わたしは罪人として処断されるかもしれない。
そんな絶望の只中で、日々、わたしの身体の変化は一層明確になっていく。
早朝、洗濯場で水を触ると、途端に胃がむかつき、咳き込み、吐き気に苛まれる。
傍らの侍女仲間が「メアリー、無理はしちゃだめよ」と声をかけてくれる。
わたしは慌てて笑ってごまかし、「少し風邪を引いただけ」と逃げるように立ち去る。
まるで嘘の上に嘘を積み上げ、いつ崩れるか分からない脆い城を築いている気分だった。
遠方の親族や領民の間にも「ついに後継ぎ誕生の兆し」との噂が広がっていった。
ロイド卿も表情には出さなくとも、どこかほっとしている様子がうかがえる。
「よくぞ、エレノアが…」
彼はそれほど多くを語らないが、まわりの使用人たちはその喜びを代弁するように大騒ぎだった。
わたしの目から見ても、
ロイド卿は以前よりエレノア様を気遣う様子がはっきりと増え、
食事の際や医師の往診などにも同席することが増えた。
二人のあいだの意思疎通も、以前ほどの冷え切った空気は和らいでいるように感じられる。
おそらく夫婦としての絆を深める最大の機会を子の存在が作っているのだろう。
それを目の当たりにするたび、わたしの心は相反する痛みに襲われる。
──良かった。エレノア様が心から笑って過ごせるのなら、それこそが望んだ未来。
その光景を見つめながら、自分の腹を抱えておびえる。
わたしもあなたの夫との子を授かってしまった。
なんという残酷な事実。
夜、寝床につくとき、その重圧が胸を押しつぶし呼吸もままならなくなる。
──いっそ、この命をこのまま失ってしまえば…。
そう頭をかすめるたび、わたしは自らの愚かさを思い知る。
誰にも相談できない。
もしロイド卿に告げたところであの人はどうするだろうか。
苦しむエレノア様を前に、わたしと子を守るなどという選択をするはずがない。
そして、わたし自身もそれを彼に望む資格などまるでない。
出口のない迷路。
その中で、生まれて初めて強く思ったことがある。
(わたしは逃げ出さなくてはならない…)
そう結論づける魂の声が少しずつ大きくなっていった。
──
どのように逃げればいいのか。
たとえば夜明け前に数枚の衣服と少しの食料、金貨を持ち出して姿を消す。
そうしたところで森を越えた先は知らない土地ばかり。
どこかで雇ってもらえるかもしれないが、身重となれば仕事も限られる。
それ以前にこの屋敷で育ったわたしが家出のように出奔することは大きな騒ぎとなるだろう。
何よりエレノア様がどれほど悲しむか──それを考えただけで足がすくむ。
とはいえ、残ればどうなる?
このままお腹が大きくなれば、誰が父親なのか問われるのは明白だ。
安易な嘘で切り抜けられる問題ではない。
最悪の場合、わたしは罪人として処断されるかもしれない。
そんな絶望の只中で、日々、わたしの身体の変化は一層明確になっていく。
早朝、洗濯場で水を触ると、途端に胃がむかつき、咳き込み、吐き気に苛まれる。
傍らの侍女仲間が「メアリー、無理はしちゃだめよ」と声をかけてくれる。
わたしは慌てて笑ってごまかし、「少し風邪を引いただけ」と逃げるように立ち去る。
まるで嘘の上に嘘を積み上げ、いつ崩れるか分からない脆い城を築いている気分だった。
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