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31.始まった陣痛
身体は日に日に重さを増していく。
皮膚は内側から引き伸ばされ、血管は青く浮き上がる。
今や丸く張り出した腹部がわたしの存在の中心となっていた。
お腹の中の子が不思議な時計仕掛けのように動き出す。
肋骨の下を小さな足でけり、時には背骨に沿って何かが滑るような感覚。
二人分の心臓の鼓動が脈打つ。
時折お腹を撫でる。
「もうすぐ会えるね」…そう囁きながら。
──そして、その時はやってきた。
突然、屋敷の喧騒が地下牢にまで響いてきた。
大勢の使用人たちが慌ただしく走り回り、何かを叫んでいる。
かすかに聞こえる言葉をつなぎ合わせると、その理由が分かった。
「エレノア様、陣痛が始まった!」「今すぐ医師を!」「産湯の準備を──」
感情がかき乱される。
思わず、お腹を手で支えながら立ち上がろうとする。
(エレノア様が…出産の時を迎えたの?)
頭がぐらぐらする。
わたしの身体もそろそろ危険な段階に来ている。
もしかしたら、わたし自身も近いうちに陣痛が来るかもしれない。
けれど「地下牢で産む」という現実を想像すると、
恐怖で胸が押しつぶされそうになる。
そして、これが運命の皮肉なのか、その時は容赦なく訪れた。
つい先ほどまで規則的だった胎動が、急激に乱れ始め、身体の奥底から押し寄せるような痛みがわたしを襲う。
「あ…っ…いや…来ないで…まだ…」
声にならない声が出る。
時は一切わたしの都合など聞いてはくれない。
激しい陣痛の荒波が何度も、身体の内側で寄せては返す。
地下牢の汚れた床で膝をつき、声を殺してのたうち回る。
誰かに助けを呼びたい。でも、ここにいるのはわたしだけ。
鉄格子の外には松明が揺れているが、人の気配もなく、
重い扉の向こうからは人々の喧騒が遠くに聞こえるばかり。
(どうして、こんなにも残酷なの…!
同じ屋敷の中で、わたしとエレノア様は同じ瞬間に
産声を迎えようとしているのに、わたしは誰にも助けを求められない…)
痛みが頂点に達しそうな矢先、遠くで鉄の扉が軋む音がした。
誰かが駆け寄ってくる足音。
呻き声を漏らしてうずくまる格子の前に、一人の小柄な侍女が立っていた。
彼女は息を呑み、顔を強ばらせている。
「メアリー…なんてこと…ひどい…こんな――」
その言葉が最後まで紡がれる前に、さらに重い扉の奥から姿を現したのはロイド卿。
侍女は彼に腕を掴まれると、「退がれ」とばかりに押しやられた。
そして、わたしを見下ろす彼の面持ちは何かを押し殺したように無表情だった。
「医師など呼べない。…ここで産め」
淡々と、冷えきった指示だけが落とされる。
痛みの絶頂の中で、その非情な言葉に心が砕けそうになる。
でも、それ以上にわたしはこの子を生き延びさせたい。
地面に手をつき、何度も押し寄せる陣痛の波に耐えながら、必死に息を整える。
(わたしは今ここで産むしかない…
この世で一番愛しいはずの存在をこんな闇の底で…)
息が荒くなり、視界が白んでいく。
激しい痛みが意識を奪いかけるたび、必死で歯を食いしばる。
陣痛の合間に、複雑に絡みつく慙愧と恐怖、そしてどうしようもない願いが胸をかき乱す。
わたしは何度も神様に祈った。
(どうか、どうかこの子を…無事に。
この子だけはこの世界に光を見せてください…!)
皮膚は内側から引き伸ばされ、血管は青く浮き上がる。
今や丸く張り出した腹部がわたしの存在の中心となっていた。
お腹の中の子が不思議な時計仕掛けのように動き出す。
肋骨の下を小さな足でけり、時には背骨に沿って何かが滑るような感覚。
二人分の心臓の鼓動が脈打つ。
時折お腹を撫でる。
「もうすぐ会えるね」…そう囁きながら。
──そして、その時はやってきた。
突然、屋敷の喧騒が地下牢にまで響いてきた。
大勢の使用人たちが慌ただしく走り回り、何かを叫んでいる。
かすかに聞こえる言葉をつなぎ合わせると、その理由が分かった。
「エレノア様、陣痛が始まった!」「今すぐ医師を!」「産湯の準備を──」
感情がかき乱される。
思わず、お腹を手で支えながら立ち上がろうとする。
(エレノア様が…出産の時を迎えたの?)
頭がぐらぐらする。
わたしの身体もそろそろ危険な段階に来ている。
もしかしたら、わたし自身も近いうちに陣痛が来るかもしれない。
けれど「地下牢で産む」という現実を想像すると、
恐怖で胸が押しつぶされそうになる。
そして、これが運命の皮肉なのか、その時は容赦なく訪れた。
つい先ほどまで規則的だった胎動が、急激に乱れ始め、身体の奥底から押し寄せるような痛みがわたしを襲う。
「あ…っ…いや…来ないで…まだ…」
声にならない声が出る。
時は一切わたしの都合など聞いてはくれない。
激しい陣痛の荒波が何度も、身体の内側で寄せては返す。
地下牢の汚れた床で膝をつき、声を殺してのたうち回る。
誰かに助けを呼びたい。でも、ここにいるのはわたしだけ。
鉄格子の外には松明が揺れているが、人の気配もなく、
重い扉の向こうからは人々の喧騒が遠くに聞こえるばかり。
(どうして、こんなにも残酷なの…!
同じ屋敷の中で、わたしとエレノア様は同じ瞬間に
産声を迎えようとしているのに、わたしは誰にも助けを求められない…)
痛みが頂点に達しそうな矢先、遠くで鉄の扉が軋む音がした。
誰かが駆け寄ってくる足音。
呻き声を漏らしてうずくまる格子の前に、一人の小柄な侍女が立っていた。
彼女は息を呑み、顔を強ばらせている。
「メアリー…なんてこと…ひどい…こんな――」
その言葉が最後まで紡がれる前に、さらに重い扉の奥から姿を現したのはロイド卿。
侍女は彼に腕を掴まれると、「退がれ」とばかりに押しやられた。
そして、わたしを見下ろす彼の面持ちは何かを押し殺したように無表情だった。
「医師など呼べない。…ここで産め」
淡々と、冷えきった指示だけが落とされる。
痛みの絶頂の中で、その非情な言葉に心が砕けそうになる。
でも、それ以上にわたしはこの子を生き延びさせたい。
地面に手をつき、何度も押し寄せる陣痛の波に耐えながら、必死に息を整える。
(わたしは今ここで産むしかない…
この世で一番愛しいはずの存在をこんな闇の底で…)
息が荒くなり、視界が白んでいく。
激しい痛みが意識を奪いかけるたび、必死で歯を食いしばる。
陣痛の合間に、複雑に絡みつく慙愧と恐怖、そしてどうしようもない願いが胸をかき乱す。
わたしは何度も神様に祈った。
(どうか、どうかこの子を…無事に。
この子だけはこの世界に光を見せてください…!)
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