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36.そばにいたい
――5年後――
何も告げず世界を満たす朝の輝き。
わたしの心を映し出すかのように、
薄手のカーテンを透かして差しこんでくる光は、
いつも室内の温度をじんわりとあたためてくれる。
その穏やかなあたたかさの裏側には、
この屋敷が抱えこんだ「真実」という闇を
容赦なく照らしだす力も潜んでいるような気がしてならない。
わたしはかつて一度、この館を夜のうちに逃がれようとした女。
その試みは失敗に終わり、地下牢に囚われて子を産んだ。
そしてその子は今や“屋敷の後継ぎ”として五歳の誕生日を迎えている。
アレック――それがあの子の名。
本当なら、わたしが祝福の言葉をまっさきに伝えたいはずの命。
あの嵐の夜の果てに授かった、わたしの宝物。
なのにその子はいま、公にはエレノア様の子として扱われている。
姓も当然ながら"ティスデル"ではなく"シェフィールド"。
あとにも先にも、彼女にとっては唯一の子ども。
というのも、あの過酷な難産によって、
エレノア様は二度と子を宿すことのできない身体になってしまった。
その事実を知ったとき、
自分の内側で幾つもの感情が絡み合い、収拾がつかなくなった。
エレノア様がそれほどまでに望み続けた
「母になる権利」を今後は絶たれてしまったこと。
わたしは痛ましさと罪悪感で押しつぶされそうになる。
それと同時に「わたしが生んだ子があの方の唯一の希望になっている」
という事実に、人知れず安堵している自分がいたから。
…なんて醜い感情なのだろう。
そう思いながら――
――
「メアリー、そちらの花の水替えをお願いできる?」
エレノア様はそう言いながら、微笑んでわたしに視線を向けられる。
明るい陽射しを背負ったその横顔は儚げでありながら、
どこか毅然とした力を宿している。
おそらく難産の辛さと子を失いかけた恐怖から、
今のエレノア様はいっそう気丈にこの屋敷を支えていこうとされているのだろう。
「かしこまりました。…エレノア様、今日はお加減いかがでしょう?」
「ええ、ありがとう。以前ほど寝込むことはないけれど、
少し疲れやすいの。だけど大丈夫よ」
そう微笑むと、エレノア様はわたしを安心させるように軽く頷く。
その表情には何か言い表せない深い影が薄っすらと宿っているようにも見える。
きっと、“もう子を授かれない”という哀しみを
胸の底で抱えつつ日々を過ごしているのかもしれない。
「……エレノア様、花瓶の水を入れ替えたら、奥の書斎の掃除をして参ります」
「ありがとう、メアリー。アレックの様子も見てきてくれる?」
「はい」
「アレック」という名を聞くたび、
感情が揺れるのを自覚しながら、それを悟られないよう微笑みを返す。
何も告げず世界を満たす朝の輝き。
わたしの心を映し出すかのように、
薄手のカーテンを透かして差しこんでくる光は、
いつも室内の温度をじんわりとあたためてくれる。
その穏やかなあたたかさの裏側には、
この屋敷が抱えこんだ「真実」という闇を
容赦なく照らしだす力も潜んでいるような気がしてならない。
わたしはかつて一度、この館を夜のうちに逃がれようとした女。
その試みは失敗に終わり、地下牢に囚われて子を産んだ。
そしてその子は今や“屋敷の後継ぎ”として五歳の誕生日を迎えている。
アレック――それがあの子の名。
本当なら、わたしが祝福の言葉をまっさきに伝えたいはずの命。
あの嵐の夜の果てに授かった、わたしの宝物。
なのにその子はいま、公にはエレノア様の子として扱われている。
姓も当然ながら"ティスデル"ではなく"シェフィールド"。
あとにも先にも、彼女にとっては唯一の子ども。
というのも、あの過酷な難産によって、
エレノア様は二度と子を宿すことのできない身体になってしまった。
その事実を知ったとき、
自分の内側で幾つもの感情が絡み合い、収拾がつかなくなった。
エレノア様がそれほどまでに望み続けた
「母になる権利」を今後は絶たれてしまったこと。
わたしは痛ましさと罪悪感で押しつぶされそうになる。
それと同時に「わたしが生んだ子があの方の唯一の希望になっている」
という事実に、人知れず安堵している自分がいたから。
…なんて醜い感情なのだろう。
そう思いながら――
――
「メアリー、そちらの花の水替えをお願いできる?」
エレノア様はそう言いながら、微笑んでわたしに視線を向けられる。
明るい陽射しを背負ったその横顔は儚げでありながら、
どこか毅然とした力を宿している。
おそらく難産の辛さと子を失いかけた恐怖から、
今のエレノア様はいっそう気丈にこの屋敷を支えていこうとされているのだろう。
「かしこまりました。…エレノア様、今日はお加減いかがでしょう?」
「ええ、ありがとう。以前ほど寝込むことはないけれど、
少し疲れやすいの。だけど大丈夫よ」
そう微笑むと、エレノア様はわたしを安心させるように軽く頷く。
その表情には何か言い表せない深い影が薄っすらと宿っているようにも見える。
きっと、“もう子を授かれない”という哀しみを
胸の底で抱えつつ日々を過ごしているのかもしれない。
「……エレノア様、花瓶の水を入れ替えたら、奥の書斎の掃除をして参ります」
「ありがとう、メアリー。アレックの様子も見てきてくれる?」
「はい」
「アレック」という名を聞くたび、
感情が揺れるのを自覚しながら、それを悟られないよう微笑みを返す。
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