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39.くすぶる疑念
そうして日々は過ぎ行き、
アレックがわたしに見せる親しみはますます増していった。
わたしが廊下に姿を見せれば「メアリー、おはよう!」
と遠くから駆け寄ってくるし、
食堂で偶然一緒になると「メアリー、隣にいて!」とせがんでくる。
年頃ゆえ、子どもの気まぐれとも言えるが、
なぜかアレックはとりわけわたしを好いてくれるのだ。
その様子を間近で見るエレノア様は最初こそ笑顔を見せていたが、
次第に目に見える形で不安を募らせている。
わたしがアレックのそばにいると、
エレノア様は笑ってはいても、その表情にはどこか曇りがある。
わたしに向けられる笑みも少し硬くなったように感じられる。
――
ある日の午後、エレノア様はわたしを奥まった小部屋に呼び出した。
窓には薄いカーテンがかかり、外光は程よく入ってくるが、
部屋全体が硬直したかのような雰囲気に包まれていた。
「メアリー、座って」
静かな声色がそこに潜む緊張感を一層際立たせる。
勧められるままに椅子へ腰を下ろすと、エレノア様も同じ高さで向かい合う。
「…あの、わたしに何かご用でしょうか」
動悸が早くなるのを感じながら、そっと言葉を選ぶ。
エレノア様は一瞬まぶたを伏せ、それから真剣な眼差しでわたしを見つめた。
「アレックのことなんだけど…最近おかしいくらい、あなたに懐いているわね」
ドキリと胸が鳴る。
「そうですね…。もしかすると、
わたしがお世話係のように接しているから…かもしれません」
「そうかもしれないわ。…でも正直なところ、わたくしは不安なの。
アレックはあなたと一緒にいるとき、心の底から楽しそうに見える。
もちろん、母であるわたくしにも甘えてくれるけれど、
時々、あの子の瞳に“あなたを求める”ような強い光が映る」
その言葉を聞いた瞬間、心臓がひとつ大きく波打つ。
あの出産の真相をどこまで察しているのだろうか。
あの夜、エレノア様は産んだと思っていた子が死産だったと聞かされ…。
誰かがしゃべったのか。いや、そんなはずない。
ロイド卿の厳命には誰も逆らえない。
真実を知るごく一部の者たちは
「産まれた子こそがエレノア様の子」という偽りを守り抜いているのだから。
胸に重くのしかかる感情に呼吸を詰まらせた。
(どうしようもなく嬉しく、そして胸が痛い。
わが子がわたしを求めてくれるのは、
母としての本能を満たすような幸福感に満ちている。
だけど、それは決して肯定されるべき関係ではないのだから…)
エレノア様の目は曇ったまま続く。
「アレックはわたくしの命、希望、光。
だけど時々、あの子の瞳の奥にあなたの影を見てしまうと、
わたくしは何もできなくなる。
嫉妬や不安で自分が嫌になるの。……こんなわたくしを笑って?」
笑えるわけがない。
わたしこそがその元凶。
震える唇をなんとか動かし、弁明ともつかぬ言葉を呟く。
「わたしは…エレノア様を深く敬愛しています。
アレック坊ちゃまにはただ優しく接しているだけで…。
もし、お気に障るようでしたら、
アレック坊ちゃまのお世話からは外れても構いません」
思いきってそう告げると、エレノア様の表情は苦く歪む。
「――いいえ、あなたを責めているわけではないの。
本当よ。むしろ、あなたがいてくれるから、
わたくしは支えられている部分が大きい。
あなたはわたくしにとって大切な友人なのだから」
わたしは頭を垂れ、心の中で懺悔するように呟く。
(あなたを裏切ったのはわたし。
いまも、"あなたの子"いう偽りを背負わせてしまっている…
真実を知ったらどれほどの悲しみを味わうことか)
わたしは言葉を絞り出す。
「エレノア様、どうか信じてください。
わたしはこれからも侍女として、
アレック坊ちゃまの一番の味方として、陰ながらお支えしたい。
それだけは…嘘偽りのない本心です」
言葉を聞いたエレノア様は淡い微笑みを浮かべ、そっとわたしの手を握ってくれた。
「ありがとう、メアリー。わたくしはあなたを信じるわ。
わたくしたちの友情は…何にも代えがたいものだから」
その握られた手のぬくもりはあまりにも優しくけれど切ない。
わたしは胸の底に沈む罪をただ押し殺すしかなかった。
アレックがわたしに見せる親しみはますます増していった。
わたしが廊下に姿を見せれば「メアリー、おはよう!」
と遠くから駆け寄ってくるし、
食堂で偶然一緒になると「メアリー、隣にいて!」とせがんでくる。
年頃ゆえ、子どもの気まぐれとも言えるが、
なぜかアレックはとりわけわたしを好いてくれるのだ。
その様子を間近で見るエレノア様は最初こそ笑顔を見せていたが、
次第に目に見える形で不安を募らせている。
わたしがアレックのそばにいると、
エレノア様は笑ってはいても、その表情にはどこか曇りがある。
わたしに向けられる笑みも少し硬くなったように感じられる。
――
ある日の午後、エレノア様はわたしを奥まった小部屋に呼び出した。
窓には薄いカーテンがかかり、外光は程よく入ってくるが、
部屋全体が硬直したかのような雰囲気に包まれていた。
「メアリー、座って」
静かな声色がそこに潜む緊張感を一層際立たせる。
勧められるままに椅子へ腰を下ろすと、エレノア様も同じ高さで向かい合う。
「…あの、わたしに何かご用でしょうか」
動悸が早くなるのを感じながら、そっと言葉を選ぶ。
エレノア様は一瞬まぶたを伏せ、それから真剣な眼差しでわたしを見つめた。
「アレックのことなんだけど…最近おかしいくらい、あなたに懐いているわね」
ドキリと胸が鳴る。
「そうですね…。もしかすると、
わたしがお世話係のように接しているから…かもしれません」
「そうかもしれないわ。…でも正直なところ、わたくしは不安なの。
アレックはあなたと一緒にいるとき、心の底から楽しそうに見える。
もちろん、母であるわたくしにも甘えてくれるけれど、
時々、あの子の瞳に“あなたを求める”ような強い光が映る」
その言葉を聞いた瞬間、心臓がひとつ大きく波打つ。
あの出産の真相をどこまで察しているのだろうか。
あの夜、エレノア様は産んだと思っていた子が死産だったと聞かされ…。
誰かがしゃべったのか。いや、そんなはずない。
ロイド卿の厳命には誰も逆らえない。
真実を知るごく一部の者たちは
「産まれた子こそがエレノア様の子」という偽りを守り抜いているのだから。
胸に重くのしかかる感情に呼吸を詰まらせた。
(どうしようもなく嬉しく、そして胸が痛い。
わが子がわたしを求めてくれるのは、
母としての本能を満たすような幸福感に満ちている。
だけど、それは決して肯定されるべき関係ではないのだから…)
エレノア様の目は曇ったまま続く。
「アレックはわたくしの命、希望、光。
だけど時々、あの子の瞳の奥にあなたの影を見てしまうと、
わたくしは何もできなくなる。
嫉妬や不安で自分が嫌になるの。……こんなわたくしを笑って?」
笑えるわけがない。
わたしこそがその元凶。
震える唇をなんとか動かし、弁明ともつかぬ言葉を呟く。
「わたしは…エレノア様を深く敬愛しています。
アレック坊ちゃまにはただ優しく接しているだけで…。
もし、お気に障るようでしたら、
アレック坊ちゃまのお世話からは外れても構いません」
思いきってそう告げると、エレノア様の表情は苦く歪む。
「――いいえ、あなたを責めているわけではないの。
本当よ。むしろ、あなたがいてくれるから、
わたくしは支えられている部分が大きい。
あなたはわたくしにとって大切な友人なのだから」
わたしは頭を垂れ、心の中で懺悔するように呟く。
(あなたを裏切ったのはわたし。
いまも、"あなたの子"いう偽りを背負わせてしまっている…
真実を知ったらどれほどの悲しみを味わうことか)
わたしは言葉を絞り出す。
「エレノア様、どうか信じてください。
わたしはこれからも侍女として、
アレック坊ちゃまの一番の味方として、陰ながらお支えしたい。
それだけは…嘘偽りのない本心です」
言葉を聞いたエレノア様は淡い微笑みを浮かべ、そっとわたしの手を握ってくれた。
「ありがとう、メアリー。わたくしはあなたを信じるわ。
わたくしたちの友情は…何にも代えがたいものだから」
その握られた手のぬくもりはあまりにも優しくけれど切ない。
わたしは胸の底に沈む罪をただ押し殺すしかなかった。
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