【完結】夫ではない旦那様の子を身ごもりました

遠野エン

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40.答えのない問い

――翌朝。
わたしはいつも通り侍女としての身なりを整え、
エレノア様の身の回りの世話を担当する。
廊下を掃き清め、窓を拭き、花瓶に生ける花を替え、雑務に没頭する。
でも頭のなかには常にアレックの姿が浮かんで消えない。
ときおり窓の外をのぞくと、庭の一角で遊ぶアレックの背中が見える。
小さな体いっぱいに太陽を浴びて、笑い声を上げている。
彼のそばには当然ながらエレノア様がいる。
周囲の侍女や従者たちは微笑ましく二人を見ている。

(そう……それでいい。あの子は堂々と母の愛を受け、
 希望の星として館のみんなに愛されている。
 わたしはただ遠くで見守る影でいい)


雑務を終え、階段の踊り場にたどり着いたころ、足音が近づいてきた。
ロイド卿――。
反射的に視線を落とし一礼する。
彼はわたしの前に立ち止まった。
相変わらず深い影のようなものが潜み、何を考えているのか読めない。

「メアリー。少し話がある。……書斎まで来い」
そう言うと、わたしの返事を待たず階段を下りていく。
ひどく嫌な予感を抱きながら、彼のあとを追った。


書斎に足を踏み入れると、
ロイド卿は重厚な机の前に立ったまま腕を組み、窓の外を見つめていた。
わたしは扉を閉めて部屋の中央で立ち止まる。
見渡すと、棚には分厚い書物や領地に関する巻物がずらりと並び、
壁には先祖代々の騎士や領主の肖像画が掛けられている。
場の空気は張り詰め、逃げ出したい衝動に駆られた。

「エレノアが動揺している。アレックがわたしよりお前になついていると」
ロイド卿の低い声が床を這うように響く。
彼も現状を把握しているのだ。

「お前は分かっているはずだ。
 あの子は“エレノアの息子”であり、この館の正当な後継ぎ。
 ……お前がこれ以上、母親のように振る舞うことは見過ごせない」
その冷徹な宣告にわたしは唇を噛み、何も言えなくなる。

「エレノアを悲しませたくはない。それにアレックにとってもよくない。
お前の存在が中途半端に近いせいで、あの子は“母”を二人感じてしまう。
……それはいずれ、この館そのものを揺るがす禍根となるかもしれない」


ロイド卿は淡々と言葉を紡ぐが、
その瞳の奥には苦悩の色が消えずにくすぶっているように見える。
(わたしだって分かっている。
 アレックのためにも、エレノア様のためにも、
 わたしの立ち位置は限りなく離れていなければならないと……)

「エレノアは出産で体に大きな負担を強いた。
 それを乗り越えたのは子が生きてくれたからにほかならない。
 自分の体は二度と子を宿せないと悟ったとき、
 彼女は絶望を飲み込んであの子にすべてを注ぐと誓ったんだ」

否定の術もなく、わたしはただ俯いたまま絞り出すように問いかける。
「では、どうすれば……? わたしは侍女として、
 エレノア様のそばを離れることはできません。
 ですが、アレックの近くに行けば、子どもは無意識にわたしを求めるでしょう。
 わたしが館から出るしかないのですか……?」

必死に声を抑え込みながら言葉をつなぐ。
本当はここを去るべきなのかもしれない。
それが一番穏やかな解決に思える。
でも、エレノア様の侍女として長年仕えてきた立場で、
いま唐突に姿を消せば、噂や混乱が生じる可能性は高い。


ロイド卿はわたしの言葉に小さく首を横に振る。
「お前を追い出すわけにはいかない。
 エレノアが今、お前を失えば不信感を抱く。
 まわりの家臣や使用人たちも疑念を持つだろう。
 そして……エレノアの体調は波がある。お前の支えは必要だ」

まるで矛盾した状況にわたしは囚われているのだと突きつけられる。
彼の言うとおりだ。
わたしがいなくなれば、エレノア様はさらに孤独を深めかねない。
一方でわたしがいればアレックが混乱する。
この堂々巡りに、わたしは頭を抱えたくなる。
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