【完結】夫ではない旦那様の子を身ごもりました

遠野エン

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44.本当の家族

あの夜からしばらく後の日。
わたしは庭でアレックと遊んでいた。
彼は木製の小さな剣を手に、
騎士ごっこと称してわたしの前を走り回る。
幼い声で「えい、やあ!」と叫ぶ様子が微笑ましい。
「メアリー、見て! ぼく、お父様みたいに強い騎士になるんだ!」

“お父様”と誇らしげに口にするアレック。
剣をしっかりと握りしめ、振りかざす。
勇ましい表情で「悪者は許さないぞ!」と声を張り上げる。
わたしは努めて微笑み返し、気持ちを震い立たせた。
「ええ、とても頼もしいわ、
 アレック坊ちゃま。きっと立派な騎士になれるでしょう」


そんなとき、穏やかな風を分けるように重い足音が近づいてきた。
振り返ると、そこにはロイド卿の姿があった。
氷のような眼光がわたしを一瞬かすめ、
それからアレックへと向けられる。
アレックはパッと顔をほころばせ、一目散に彼のもとへ駆けていき、
「お父様!」と呼んでその足にすがりつく。


「ぼく、剣の練習をしたんだよ。すっごくうまくできたんだ」
「そうか。どれ、お前の構えを見せてみろ」
ロイド卿は幼子相手にもかかわらず、厳しい態度で臨む。
アレックは木の剣を両手で構え、
威風堂々とした騎士の姿を真似るように背筋を伸ばした。

「少し角度が甘い。腕はこうだ」
ロイド卿は腕を伸ばし、
アレックの小さな手首に触れ、その角度を調整する。
その指導は熱を帯びていて、アレックは真剣に頷いていた。
わたしはただ、静かにその光景を見守る。


──この場には揃っているのだ。
父、母、そして子。
本当なら「この子の母はわたし」──そう胸を張って言える場面なのに。
この空間でのわたしの役割はあくまで「侍女」。
あまりにも酷な“家族”の形がそこにある──。


ああ、あの人は真正面から“父”と呼ばれる立場を得ているのだ。
“父と子”という正当な絆がそこにしっかりと存在している。
まぎれもなく事実であり、同時に領民にとっても正々堂々の“後継ぎの父”である。
それを微笑ましく見守るべきなのだろう。
……なのに自分が本来ならば隣に並ぶはずの
“母”であると叫びそうになる声を必死に飲み込む。


「アレック。…メアリーと楽しんでいたのか?」
ロイド卿の低い声が、空気を微妙に張りつめさせる。
アレックは小さな胸を張って、外遊びの興奮を語りたがる。
「うん、お城を守る騎士ごっこ! ほら、お父様みたいに剣をこうやって――」
ぱちぱちと手振りで説明する姿にひとかけらの疑いの影もない。
ロイド卿はうなずくような仕草をみせ、そして、ふとわたしを鋭く見た。

「アレック。お前は向こうで遊んでいろ。
 わたしはメアリーと少し話がある。…いいな」
威圧感を帯びた声と落ち着いた威厳に、
アレックは一瞬こわばるが、すぐににこりと笑って「わかった!」と答えた。

ちょこちょこと足を動かして
少し離れた場所で木の枝を拾い、また一人で遊びはじめる。
可愛らしい背中が夕暮れがかった陽射しを浴びているのを尻目に、
わたしはロイド卿に向き合った。
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