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57.判決の瞬間
裁判は粛々と進む。
証人として何名かの兵士が呼ばれ、
「メアリーは夜陰に乗じ、アレック様を連れ去り、
門を抜けたのを見た」という証言が次々になされる。
「続いてロイド卿、前へ」
裁判長の声が広間に響くと、ロイド卿は短く頷いて証言台へ向かう。
その姿は初めから勝利を確信した者のように落ち着いていた。
「わたしがこの場に参じたのはメアリーという侍女が、
わたしの子、すなわちシェフィールド家の正統なる後継ぎ
アレックを誘拐したという、重大な罪状を訴えるためです」
その声はよく通り、聞く者すべての心に訴える力を持つ。
「彼女はもともと我が妻エレノアに仕える侍女として館におりましたが、
ある夜突然、アレックを連れ去り、どこへともなく逃げ去った。
この行為がどれほどの背信か、皆も理解してくださるでしょう」
わたしはロイド卿の言葉を静かに聞く。
「捜索令の発行を命じ、ようやくメアリーを捕らえることができました。
彼女のもとにアレックはいました。これはつまり“誘拐”の罪にほかならない。
騎士として法と秩序を守る義務があり、
この行為を断じて許すつもりはありません。
領地の秩序を脅かすこの大罪、決して軽んじられるものではありません」
低く重々しい声。
法廷では聴衆のざわめきが波打つ。
彼の言葉には説得力がある。
この場の誰もが“誘拐”という言葉に嫌悪を示し、憎むことだろう。
ロイド卿が発する言葉こそが“正義”だとされるに違いない。
――
裁判官たちが場を離れて別室で評議を続ける間、
わたしは大勢の視線を避けるように鉄格子の奥へ一旦戻された。
通路を振り返ったとき、一瞬だけ、アレックの姿を探してしまった。
もちろん、こんな場に幼い彼がいるはずはない。
けれど、もしこれが最後になるのなら、一目でもあの子の姿を見たかった。
鉄格子の中、わずかな時間だけ与えられた。
あの子を抱きしめていた感触を思い出す。
――あの温もりだけは誰にも奪えない。
やがて再び扉が開き、兵士が“戻れ”と無愛想に促す。
裁判は判決の段階へ進む。
再びあの人々が待つ部屋へと連れ戻される。
――
「判決を言い渡す」
そう告げたのは裁判長。
会場の空気が張り詰める。
わたしは一点だけを見つめ、聞き入る。
「被告人、メアリー。シェフィールド家に仕える
侍女の身分でありながら、後継ぎを無断で連れ出し誘拐を行った。
その罪は極めて重いと認められる。よって…」
そのときだった。
「――待ってください!」
突然、法廷の扉が大きく開き、凛とした女性の声が響き渡った。
わたしは反射的に振り返る。そこに立っていたのは、
透きとおる肌に美しい黒髪、
そして憂いを宿した眼をもつ――エレノア様。
場内は一瞬の沈黙に沈み、どよめきが怒涛のように沸き起こる。
エレノア様は息を切らしているようで、急いで駆けつけたことがうかがえた。
侍女や護衛の兵も後ろにつき従っているが、
あの方は彼らに待機を命じ、単独で前へ進んでいく。
その表情には優しい笑みではなく、強い意志を帯びた光が宿っていた。
「裁判長、わたくしから申し上げたいことがあります。
これは……わたくしも当事者として無視できない問題です」
エレノア様ははっきりとした声でそう言うと、裁判長のもとまで歩み寄ろうとする。
法廷の衛兵が慌てて止めようとしたが、
エレノア様はかすかな微笑みで彼らを躊躇させ、ついに裁判長の前へと立つ。
「静粛に! 傍聴席から勝手に名乗り出ることは許されない!」
裁判官の一人が警告するも、エレノア様は動じない。
「シェフィールド家の者として、ここに意見を述べる権利があります。
どうか話を聞いてください」
その一言に、場内は再び息を呑む。
裁判長は困惑の色を浮かべつつも、エレノア様に言葉を向ける。
「ご夫人、先ほどまでいらっしゃらなかった……間もなく判決が下る段階です」
エレノア様は深く息を整えて、ゆっくりとまっすぐ裁判長を見返す。
「承知しております。どうか、一度だけでもよいので、
わたくしの話す機会を与えてください。
まつわる事実の多くが歪められております。
その正しき情報をここで明かさねばなりません」
場内のざわつきはおさまらない。
とりわけ、ロイド卿が席を立ちかけているのが視界の隅に見えた。
その顔には不穏な焦りがにじむ。
(…何が起きようとしているの?)
証人として何名かの兵士が呼ばれ、
「メアリーは夜陰に乗じ、アレック様を連れ去り、
門を抜けたのを見た」という証言が次々になされる。
「続いてロイド卿、前へ」
裁判長の声が広間に響くと、ロイド卿は短く頷いて証言台へ向かう。
その姿は初めから勝利を確信した者のように落ち着いていた。
「わたしがこの場に参じたのはメアリーという侍女が、
わたしの子、すなわちシェフィールド家の正統なる後継ぎ
アレックを誘拐したという、重大な罪状を訴えるためです」
その声はよく通り、聞く者すべての心に訴える力を持つ。
「彼女はもともと我が妻エレノアに仕える侍女として館におりましたが、
ある夜突然、アレックを連れ去り、どこへともなく逃げ去った。
この行為がどれほどの背信か、皆も理解してくださるでしょう」
わたしはロイド卿の言葉を静かに聞く。
「捜索令の発行を命じ、ようやくメアリーを捕らえることができました。
彼女のもとにアレックはいました。これはつまり“誘拐”の罪にほかならない。
騎士として法と秩序を守る義務があり、
この行為を断じて許すつもりはありません。
領地の秩序を脅かすこの大罪、決して軽んじられるものではありません」
低く重々しい声。
法廷では聴衆のざわめきが波打つ。
彼の言葉には説得力がある。
この場の誰もが“誘拐”という言葉に嫌悪を示し、憎むことだろう。
ロイド卿が発する言葉こそが“正義”だとされるに違いない。
――
裁判官たちが場を離れて別室で評議を続ける間、
わたしは大勢の視線を避けるように鉄格子の奥へ一旦戻された。
通路を振り返ったとき、一瞬だけ、アレックの姿を探してしまった。
もちろん、こんな場に幼い彼がいるはずはない。
けれど、もしこれが最後になるのなら、一目でもあの子の姿を見たかった。
鉄格子の中、わずかな時間だけ与えられた。
あの子を抱きしめていた感触を思い出す。
――あの温もりだけは誰にも奪えない。
やがて再び扉が開き、兵士が“戻れ”と無愛想に促す。
裁判は判決の段階へ進む。
再びあの人々が待つ部屋へと連れ戻される。
――
「判決を言い渡す」
そう告げたのは裁判長。
会場の空気が張り詰める。
わたしは一点だけを見つめ、聞き入る。
「被告人、メアリー。シェフィールド家に仕える
侍女の身分でありながら、後継ぎを無断で連れ出し誘拐を行った。
その罪は極めて重いと認められる。よって…」
そのときだった。
「――待ってください!」
突然、法廷の扉が大きく開き、凛とした女性の声が響き渡った。
わたしは反射的に振り返る。そこに立っていたのは、
透きとおる肌に美しい黒髪、
そして憂いを宿した眼をもつ――エレノア様。
場内は一瞬の沈黙に沈み、どよめきが怒涛のように沸き起こる。
エレノア様は息を切らしているようで、急いで駆けつけたことがうかがえた。
侍女や護衛の兵も後ろにつき従っているが、
あの方は彼らに待機を命じ、単独で前へ進んでいく。
その表情には優しい笑みではなく、強い意志を帯びた光が宿っていた。
「裁判長、わたくしから申し上げたいことがあります。
これは……わたくしも当事者として無視できない問題です」
エレノア様ははっきりとした声でそう言うと、裁判長のもとまで歩み寄ろうとする。
法廷の衛兵が慌てて止めようとしたが、
エレノア様はかすかな微笑みで彼らを躊躇させ、ついに裁判長の前へと立つ。
「静粛に! 傍聴席から勝手に名乗り出ることは許されない!」
裁判官の一人が警告するも、エレノア様は動じない。
「シェフィールド家の者として、ここに意見を述べる権利があります。
どうか話を聞いてください」
その一言に、場内は再び息を呑む。
裁判長は困惑の色を浮かべつつも、エレノア様に言葉を向ける。
「ご夫人、先ほどまでいらっしゃらなかった……間もなく判決が下る段階です」
エレノア様は深く息を整えて、ゆっくりとまっすぐ裁判長を見返す。
「承知しております。どうか、一度だけでもよいので、
わたくしの話す機会を与えてください。
まつわる事実の多くが歪められております。
その正しき情報をここで明かさねばなりません」
場内のざわつきはおさまらない。
とりわけ、ロイド卿が席を立ちかけているのが視界の隅に見えた。
その顔には不穏な焦りがにじむ。
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