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59.聖女の加護
裁判長が軽く咳払いをし、エレノア様に向き直る。
「エレノア様。確かな証拠をお持ちなのですか?」
彼女は頷くと、手元の書簡を差し出した。
「わたくしの出産に立ち会った侍女や医師に確認し、真相を問いただしました。
ロイド卿に脅されて口を塞がれていた彼らが、
わたくしの懇願に応じて、ようやく打ち明けてくれたのです。
この書簡には皆の署名入りで証言が記されています。
さらにメアリーの出産を補佐した侍女もこの場に来てくれました。
どうぞ入って」
エレノア様が合図を送ると、一人の女性が入場した。
その女性は地下牢での出産を唯一助けてくれた小柄な侍女だった。
裁判官たちの前まで来て語り始める。
「あの日、わたしは地下牢の掃除をしていたところ、
女性がうめいているような声を聞きました。
慌てて駆けつけたところ、そこにいたのは産気づいたメアリーと
監視するかのように立っていたロイド卿でした。
メアリーが必死に救助を求めても、ロイド卿は『誰にも知らせるな』と…
わたしは黙って見ていられず、彼女の出産の手助けをしました。
ロイド卿は産まれた赤ん坊を奪い、『エレノアの子だ』と強要しました。
その一部始終をこの目で確かに見ました」
皆、ロイド卿に屈せず勇敢に声を上げてくれた…。
わたしは心の中で彼らに感謝を送った。
声を張るエレノア様。
「それでもあの子を愛しています。母としての愛も疑いなく存在します。
ですが事実を歪めたまま放置し、しかもメアリーを
罪人として葬るなどということは絶対にあってはならない。
子は本来、母の腕の中にいて当たり前の存在なのですから」
わたしはその告白を聞くうちに、
涙が止めどなく溢れ、声にならない嗚咽が喉を詰まらせた。
わたしの罪を責めるどころか、自らの傷もさらけ出してわたしをかばっている…。
こんなにも尊い方がいるというのか。
場内が落ち着きを失っている。ある者は戸惑いの顔を浮かべ、
ある者はエレノア様が発する言葉に感銘を受けたのか
神妙な面持ちになり、またある者は驚愕のあまり口が開いたまま。
裁判長は混乱しながらも、ようやく声を絞り出した。
「こ、これは…重要な証言だ。ロイド卿、今の告発に対して弁明はありますか?」
全ての目がロイド卿に注がれる。
ロイド卿はさきほどまでの余裕を失い、動揺をにじませながら絶叫した。
「馬鹿な! そんなことがあるはずがない!
なぜエレノアがそんな嘘を……!」
彼の言葉には以前の揺るぎない迫力がない。
先ほど提示された指示書の写しと相まって、周囲の空気が急に冷淡さを帯びる。
総じて、この場の誰もがエレノア様が嘘をつく理由などないと
感じ始めているのかもしれない。
エレノア様は静かに首を振る。
「ロイド、あなたにとっては真実が広まってはまずいことだったのでしょう?
わたくしも当初は目をそらしていたわ。
アレックを失いたくなかったから……。けれどもう限界です。
メアリーを陥れるのはやめて。
彼女は“母としての権利”を剥奪されたあげく、それを取り戻そうとした。
本当の悪は命を危険に晒すのを承知で、地下牢での出産を強制し、
赤子を奪い、その後も追い詰めたロイド……あなたです!」
光の矢が漆黒の闇を貫くように、その言葉はロイド卿を追いつめる。
彼はふいに狂乱したかのように声を荒らげる。
「黙れ! すべては領地を守るためだったのだ!
後継ぎを失えば、外部から介入され、領地が分割される可能性もあった……!
だから、あの夜の一度きりの関係で出来た子を、
やむなく“後継ぎ”として取り立てただけだ!」
人々が息を飲む。ついに彼は“真実”を口走った。
わたしはその一瞬、エレノア様を見遣る。
エレノア様は伏し目になりながら、小さく呟いた。
「やはり…すべて、あなたが仕組んだことだったのね」
裁判官たちはその告白を聞き逃さない。
浅ましい本音をむき出しにするロイド卿の姿に、
一様に嫌悪感が広がっていくのが伝わる。
「領地のため? そんな理由でエレノア様とメアリー、
二人の女性の人生を踏みにじったのか……」
「なんと言う非道……!」
ロイド卿の顔は顔面蒼白となっていた。
「そ、そんな……わたしは、ただ……」
しどろもどろになりながら弁明しようとするが、
その声はもはや説得力を欠いた怯えに変わっている。
怒号が飛び交う。ロイド卿は怒りと焦りのはざまで顔を歪める。
それでも最後の虚勢にしがみつこうとするかのように口を開くが、声が出ない。
こうなると、もはや誰もが真実を悟るだろう。
もう立ちどころに、ロイド卿がこの裁判を操作することはできない。
裁判長が椅子から立ち上がり、厳しく糾弾する。
「ロイド卿、あなたに対して厳正な処分が必要になるでしょう。
誘拐を唆した疑い、及び後継ぎの詐称工作。その罪は重い」
わたしはまるで夢を見ているかのような感覚に包まれる。
牢に囚われた罪人として、厳しい判決を受ける運命だとばかり思っていた。
けれど、いま目の前でエレノア様が真実を述べてくださっている。
ロイド卿が偽りを暴かれ、窮地に立たされている。
気品を放ち悪を糾弾する姿はまさに"聖女"。
わたしは聖女の加護によって救われた――。
「エレノア様。確かな証拠をお持ちなのですか?」
彼女は頷くと、手元の書簡を差し出した。
「わたくしの出産に立ち会った侍女や医師に確認し、真相を問いただしました。
ロイド卿に脅されて口を塞がれていた彼らが、
わたくしの懇願に応じて、ようやく打ち明けてくれたのです。
この書簡には皆の署名入りで証言が記されています。
さらにメアリーの出産を補佐した侍女もこの場に来てくれました。
どうぞ入って」
エレノア様が合図を送ると、一人の女性が入場した。
その女性は地下牢での出産を唯一助けてくれた小柄な侍女だった。
裁判官たちの前まで来て語り始める。
「あの日、わたしは地下牢の掃除をしていたところ、
女性がうめいているような声を聞きました。
慌てて駆けつけたところ、そこにいたのは産気づいたメアリーと
監視するかのように立っていたロイド卿でした。
メアリーが必死に救助を求めても、ロイド卿は『誰にも知らせるな』と…
わたしは黙って見ていられず、彼女の出産の手助けをしました。
ロイド卿は産まれた赤ん坊を奪い、『エレノアの子だ』と強要しました。
その一部始終をこの目で確かに見ました」
皆、ロイド卿に屈せず勇敢に声を上げてくれた…。
わたしは心の中で彼らに感謝を送った。
声を張るエレノア様。
「それでもあの子を愛しています。母としての愛も疑いなく存在します。
ですが事実を歪めたまま放置し、しかもメアリーを
罪人として葬るなどということは絶対にあってはならない。
子は本来、母の腕の中にいて当たり前の存在なのですから」
わたしはその告白を聞くうちに、
涙が止めどなく溢れ、声にならない嗚咽が喉を詰まらせた。
わたしの罪を責めるどころか、自らの傷もさらけ出してわたしをかばっている…。
こんなにも尊い方がいるというのか。
場内が落ち着きを失っている。ある者は戸惑いの顔を浮かべ、
ある者はエレノア様が発する言葉に感銘を受けたのか
神妙な面持ちになり、またある者は驚愕のあまり口が開いたまま。
裁判長は混乱しながらも、ようやく声を絞り出した。
「こ、これは…重要な証言だ。ロイド卿、今の告発に対して弁明はありますか?」
全ての目がロイド卿に注がれる。
ロイド卿はさきほどまでの余裕を失い、動揺をにじませながら絶叫した。
「馬鹿な! そんなことがあるはずがない!
なぜエレノアがそんな嘘を……!」
彼の言葉には以前の揺るぎない迫力がない。
先ほど提示された指示書の写しと相まって、周囲の空気が急に冷淡さを帯びる。
総じて、この場の誰もがエレノア様が嘘をつく理由などないと
感じ始めているのかもしれない。
エレノア様は静かに首を振る。
「ロイド、あなたにとっては真実が広まってはまずいことだったのでしょう?
わたくしも当初は目をそらしていたわ。
アレックを失いたくなかったから……。けれどもう限界です。
メアリーを陥れるのはやめて。
彼女は“母としての権利”を剥奪されたあげく、それを取り戻そうとした。
本当の悪は命を危険に晒すのを承知で、地下牢での出産を強制し、
赤子を奪い、その後も追い詰めたロイド……あなたです!」
光の矢が漆黒の闇を貫くように、その言葉はロイド卿を追いつめる。
彼はふいに狂乱したかのように声を荒らげる。
「黙れ! すべては領地を守るためだったのだ!
後継ぎを失えば、外部から介入され、領地が分割される可能性もあった……!
だから、あの夜の一度きりの関係で出来た子を、
やむなく“後継ぎ”として取り立てただけだ!」
人々が息を飲む。ついに彼は“真実”を口走った。
わたしはその一瞬、エレノア様を見遣る。
エレノア様は伏し目になりながら、小さく呟いた。
「やはり…すべて、あなたが仕組んだことだったのね」
裁判官たちはその告白を聞き逃さない。
浅ましい本音をむき出しにするロイド卿の姿に、
一様に嫌悪感が広がっていくのが伝わる。
「領地のため? そんな理由でエレノア様とメアリー、
二人の女性の人生を踏みにじったのか……」
「なんと言う非道……!」
ロイド卿の顔は顔面蒼白となっていた。
「そ、そんな……わたしは、ただ……」
しどろもどろになりながら弁明しようとするが、
その声はもはや説得力を欠いた怯えに変わっている。
怒号が飛び交う。ロイド卿は怒りと焦りのはざまで顔を歪める。
それでも最後の虚勢にしがみつこうとするかのように口を開くが、声が出ない。
こうなると、もはや誰もが真実を悟るだろう。
もう立ちどころに、ロイド卿がこの裁判を操作することはできない。
裁判長が椅子から立ち上がり、厳しく糾弾する。
「ロイド卿、あなたに対して厳正な処分が必要になるでしょう。
誘拐を唆した疑い、及び後継ぎの詐称工作。その罪は重い」
わたしはまるで夢を見ているかのような感覚に包まれる。
牢に囚われた罪人として、厳しい判決を受ける運命だとばかり思っていた。
けれど、いま目の前でエレノア様が真実を述べてくださっている。
ロイド卿が偽りを暴かれ、窮地に立たされている。
気品を放ち悪を糾弾する姿はまさに"聖女"。
わたしは聖女の加護によって救われた――。
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