【完結】夫ではない旦那様の子を身ごもりました

遠野エン

文字の大きさ
70 / 74

70.来訪者

―――家督の継承式当日。

窓の外は俺が知る限り最も美しい朝の一つだった。
澄み切った空気が館の庭を満たし、
爽やかな風が心地よい新鮮な息吹を運ぶ。
領地の民もこの特別な日を祝うかのように、
いつもより活気に満ちているように感じられた。


今日、二十歳の誕生日を迎えると同時に、
シェフィールド家の次期当主として、
正式に皆の前に立つことになる。
鏡に映る自分は普段の服とは違う、
式典用の立派な正装に身を包んでいた。
少し硬い生地の感触とずしりとした装飾の重みが、
否が応でも今日の意味を体に刻み込んでくるようだ。
正直、緊張していないと言えば嘘になる。
でもそれ以上に、腹の底から湧き上がってくるような決意があった。


朝早く目を覚まして、支度を整えたあとは、
エレノア母さんと二人で控え室のソファに座っている。
式典の開始まで少し時間があるから、
それまで談笑しながら落ち着こうというわけだ。

「俺……正直に言うと少し緊張してる。
 でも、母さんがここにいてくれるから平気だよ」
「ふふ、よかった。今日はあなたのための大切な式典だものね。
 大丈夫、あなたならきっと立派にやり遂げられるわ」
そう言って母は俺にそっと手を差し伸べる。
身なりを整えるために、さり気なく俺の襟元を直してくれた。

「母さん……」
「なにかしら?」

俺はこの機会にどうしても伝えておきたい思いがあった。
「母さんがどんな時でも守ってくれたこと。
 いろいろ迷惑や心配をかけたりもしたけど、
 本当に感謝してる。……ありがとう」
母さんが“真実の母”として注いでくれた愛情があったからこそ、今の俺がここにいる。

母さんは驚いたように目を見張り、それからすぐに顔をほころばせた。
「こちらこそありがとう、アレック。
 あなたがいてくれるから、母は今まで頑張ってこられたの。
 あなたの笑顔が何よりの力になっていたのよ」


突然、コンコンと控えめなノックの音がして、侍女が息を切らせて入ってきた。
「失礼いたします、エレノア様。アレック様。
 …その……少々落ち着きのないお知らせで申し訳ございませんが、
 どうしてもお二人にお伝えすべきことがありまして」
侍女は言いづらそうに続ける。
「お二人に――とてもゆかりのある方が面会を申し出ております」
「ゆかりのある者?」母さんが訝しげに眉をひそめる。
「招待客はすでにリストアップしてありますが……誰なのです?」
侍女は言い淀みながら「それが……メアリー様、と……」


その名前が出た瞬間、部屋の空気が凍りついた。
メアリー。
俺を産んだ女性。
そして母さんにとっては夫を奪い、自分を裏切った相手。
さらに言えば、幼い俺を連れ去った過去を持つ人…。

なぜ、今、この日に?
母さんの顔から血の気が引いていくのが分かった。
その顔には動揺と、警戒と、
語られぬ苦悩の陰が射していた。
俺もまた、心臓が大きく音を立てるのを感じていた。
思考が止まりかける。
会ったことのない、それでいて俺の人生に深く関わっている女性。


「……通しなさい」
長い沈黙の後、母さんが絞り出すように言った。
その声は、かろうじて平静を保っていたけれど、
内面の激しい葛藤を隠しきれてはいなかった。
侍女が下がると、全ての音が消え去ったかのような、
深い静寂が部屋を支配した。
母さんは固く目を閉じ、何かを必死にこらえているように見えた。
俺は、どうすればいいのか分からず、
ただ母さんの隣に立つことしかできなかった。
やがて、ゆっくりと扉が開かれる。
感想 16

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

【完結】愛してました、たぶん   

たろ
恋愛
「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。 「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。