【完結】幽霊令嬢は追放先で聖地を創り、隣国の皇太子に愛される〜私を捨てた祖国はもう手遅れです〜

遠野エン

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1.幽霊令嬢

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ズキリと。
意識が浮上するのと同時に、頭蓋の内側を直接掻き乱されるようなめまいが私、フィーナ・セレスティアの一日のはじまりを告げる。重いまぶたをこじ開けると、天蓋付きベッドのカーテンがぼんやりと映った。

「………また朝………」

ここはセレスティア伯爵家の屋敷、その一番奥にある日当たりの悪い一室。
喉の奥からせり上がってくるのは絶え間ない倦怠感。
そして体の芯からじわじわと魔力が漏れ出していく不快な感覚。
肌を刺すような悪寒が止まらない。
私は身を縮こまらせ、掛け布団を喉元まで引き寄せた。

その時だった。

ガチャン!

蹴破るような勢いで扉が開かれ、けたたましい音を立てて壁にぶつかった。ノックの音なんてもちろんない。

「いつまで寝てらっしゃるのですか、フィーナお嬢様。もうとっくに朝でございますよ」

盆を片手に私の専属侍女であるアマンダが乱暴にカーテンを開ける。
窓の外から差し込む光ですら、突き刺すような刺激に感じられた。
亜麻色の髪をきっちり結い上げた一見真面目そうな中年女性。
しかしその目に私を映す光は容赦なく冷ややか。

「……アマンダ」
「ええ、アマンダでございますとも。あらあら、また随分と顔色が悪いことで。イリス様はもうとっくに起きられて、神殿へ向かう準備をなさっているというのに」

その声には主人に対する敬意のかけらもなかった。
ただ、彼女の不調を「怠慢」とでも言いたげだった。

「ごめんなさい……少し、めまいがして……」
「はあ、左様でございますか」

アマンダは気のない返事をすると、ベッドサイドのテーブルに盆をガタンと無造作に置いた。中の水が跳ねて、テーブルクロスに染みを作る。彼女はそれに気づかないふりをした。

「いつものお薬です。さっさと済ませてくださいまし。お着替えも手伝わなくてはならないのですから、私も暇ではございませんの」
「……ありがとう」

差し出された銀の匙にのった苦い液体を震える手で受け取って飲み干す。気休めにしかならないと分かっていながら、これを飲まなければアマンダの小言がさらに長くなる。


セレスティア伯爵家の長女として生まれた私は生まれつき膨大な魔力をその身に宿していた。魔術師の家系である我が家では本来ならばこの上ない祝福だったはず。

けれどその魔力はあまりに強大すぎた。
そして何より――――制御ができない。

いや正しく言うなら、意思とは無関係に常に魔力が体から流れ出ていくのだ。目に見えない巨大な何かに、生命力ごと吸い上げられているかのように。そのせいで物心ついた頃から慢性的な体調不良に悩まされ続けていた。

ろくに王都の社交界に顔を出すこともできず、たまに出席した夜会では貧血で倒れることもしばしば。いつしか貴族たちの間では、セレスティア家の長女は病弱で姿を見せない「幽霊令嬢」だと影で笑われるようになった。

「さて、お着替えですわね。どうせ今日もこの部屋から一歩もお出にならないのでしょう?こんなに素敵なドレスが沢山あるというのに……まあ、お嬢様のような方がお召しになるより、イリス様にお譲りした方がドレスも喜ぶでしょうけれど」

その言葉に胸がちくりと痛む。
アマンダが私をどう思っているか嫌でも伝わってくる。
彼女にとって輝かしい聖女イリス様の出来損ないの姉でしかなく、その世話をさせられる自分は不運だとでも思っているのだろう。

「……いつもの部屋着でいいわ」
「はいはい、かしこまりました。まったく張り合いのないお方」

ぶつぶつと文句を言いながら、アマンダは手早く着替えを済ませる。その手つきは驚くほど雑で、肌を撫でる指先からは侮蔑の感情が伝わってくるようだった。
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