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13.王への報告
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――豪雨から数日後。
降り続いた雨は嘘のように止み、王都には日差しが戻っていた。
王宮の謁見の間では、国王とアッシュ王太子が今回の氾濫について言葉を交わしていた。
「陛下にご報告申し上げます。先のティリス川の氾濫は完全に鎮圧いたしました」
「うむ、大儀であった。して被害の程は?」
「はい。ティリス川下流の村々、そして平民区の一部が浸水し、家屋の損壊や農地への被害が報告されております。ですがご心配には及びません。王国全体から見れば些細な損害。復興もすぐに進むでしょう。民はたくましいものですから」
アッシュは胸を張って告げた。
「死傷者はどうだ。特に……イリスの働きはどうであったか」
「聖女イリスの治癒魔法はまさに奇跡。負傷者は皆、その光の力によって癒されました。彼女の存在が民の士気をどれほど高めたことか。我が慧眼に間違いはございません」
「そうか。それは何よりだ」
国王が安堵のため息をついたその時、アッシュは思い出したように付け加えた。
「ああ、そういえば死者が一人だけ。フィーナ付きだった侍女が一人、濁流にのまれて亡くなったとのことです」
「ふん、侍女一人か。そんなもの、代わりなどいくらでもいよう」
国王は鼻で笑い、興味なさげに指を組んだ。彼らにとってアマンダという一人の人間の死は、報告書に記される一行の文字以上の価値を持たなかった。
「はい。陛下が仰る通りです。それよりも……」
アッシュは僅かに声の調子を落とし、本題を切り出した。
「一つ気になる報告が上がってきております」
「何だ?」
「王都近郊の森や平原で、野生動物が突如狂暴化し、人を襲う事件が相次いでいるとのこと。狼や熊といった猛獣だけでなく、普段は温厚な鹿や猪までもが、まるで正気を失ったかのように暴れているそうで……」
「馬鹿馬鹿しい。またフィーナの呪いとでも言うつもりか?」
国王は心底くだらないといった様子で一蹴した。
「あの『欠陥品』がいなくなって清々したというのに、いつまでも亡霊に怯えるでないわ。騎士団に命じ、獣狩りでもさせておけ。良い気晴らしになろう」
「…はっ。仰せのままに」
アッシュは頭を下げた。
彼自身もまた父王と同じように、その報告を重大なこととは捉えていなかった。フィーナという名の厄災が消えた今、この国に真の脅威など存在しないと信じて疑わなかった。
◇◇◇
その頃、セレスティア伯爵邸の一室では、伯爵夫人がティーカップを片手に窓辺のソファで寛いでいた。
忌々しい長女がいなくなり、優秀な次女が次期王太子妃となった。
これ以上ないほどの幸福な状況。
もっとも今は、あの洪水でアマンダを失い、屋敷全体が重苦しい空気に包まれていた。夫人も表向きは悲嘆に暮れているものの、本心では取るに足らぬこととしか考えていなかった。
「……どうしたのかしら」
ふと、夫人は足元で丸くなっていた愛犬のミルキーに視線を落とした。
美しい毛並みの大型犬。
フィーナのことなど見向きもせず、自分にだけ懐いていた自慢のペット。
そのミルキーが今日はやけに落ち着きがない。
「まあ、ミルキー。どうしたの? そんなに小刻みに震えて。どこか痛いの?」
夫人はカップをテーブルに置き、優しい声で話しかけながら手を伸ばした。
「グルル……」
ミルキーは喉の奥で低く唸り、後ずさるように身を引いた。
その目は普段の穏やかな光を失い、赤く充血して不気味に揺れている。
口元からは絶えず涎が滴り、剥き出しになった牙の間から荒い息が漏れている。
「あらあら、どうしたというの。私よ? あなたのママよ?」
夫人は何も気づかない。
ただ、ペットがちょっとご機嫌斜めぐらいに思っている。
彼女はミルキーの頭を撫でようと、もう一度手を伸ばした。
――――その瞬間。
「グルルルルルルァァァッ!」
ミルキーが豹変した。
降り続いた雨は嘘のように止み、王都には日差しが戻っていた。
王宮の謁見の間では、国王とアッシュ王太子が今回の氾濫について言葉を交わしていた。
「陛下にご報告申し上げます。先のティリス川の氾濫は完全に鎮圧いたしました」
「うむ、大儀であった。して被害の程は?」
「はい。ティリス川下流の村々、そして平民区の一部が浸水し、家屋の損壊や農地への被害が報告されております。ですがご心配には及びません。王国全体から見れば些細な損害。復興もすぐに進むでしょう。民はたくましいものですから」
アッシュは胸を張って告げた。
「死傷者はどうだ。特に……イリスの働きはどうであったか」
「聖女イリスの治癒魔法はまさに奇跡。負傷者は皆、その光の力によって癒されました。彼女の存在が民の士気をどれほど高めたことか。我が慧眼に間違いはございません」
「そうか。それは何よりだ」
国王が安堵のため息をついたその時、アッシュは思い出したように付け加えた。
「ああ、そういえば死者が一人だけ。フィーナ付きだった侍女が一人、濁流にのまれて亡くなったとのことです」
「ふん、侍女一人か。そんなもの、代わりなどいくらでもいよう」
国王は鼻で笑い、興味なさげに指を組んだ。彼らにとってアマンダという一人の人間の死は、報告書に記される一行の文字以上の価値を持たなかった。
「はい。陛下が仰る通りです。それよりも……」
アッシュは僅かに声の調子を落とし、本題を切り出した。
「一つ気になる報告が上がってきております」
「何だ?」
「王都近郊の森や平原で、野生動物が突如狂暴化し、人を襲う事件が相次いでいるとのこと。狼や熊といった猛獣だけでなく、普段は温厚な鹿や猪までもが、まるで正気を失ったかのように暴れているそうで……」
「馬鹿馬鹿しい。またフィーナの呪いとでも言うつもりか?」
国王は心底くだらないといった様子で一蹴した。
「あの『欠陥品』がいなくなって清々したというのに、いつまでも亡霊に怯えるでないわ。騎士団に命じ、獣狩りでもさせておけ。良い気晴らしになろう」
「…はっ。仰せのままに」
アッシュは頭を下げた。
彼自身もまた父王と同じように、その報告を重大なこととは捉えていなかった。フィーナという名の厄災が消えた今、この国に真の脅威など存在しないと信じて疑わなかった。
◇◇◇
その頃、セレスティア伯爵邸の一室では、伯爵夫人がティーカップを片手に窓辺のソファで寛いでいた。
忌々しい長女がいなくなり、優秀な次女が次期王太子妃となった。
これ以上ないほどの幸福な状況。
もっとも今は、あの洪水でアマンダを失い、屋敷全体が重苦しい空気に包まれていた。夫人も表向きは悲嘆に暮れているものの、本心では取るに足らぬこととしか考えていなかった。
「……どうしたのかしら」
ふと、夫人は足元で丸くなっていた愛犬のミルキーに視線を落とした。
美しい毛並みの大型犬。
フィーナのことなど見向きもせず、自分にだけ懐いていた自慢のペット。
そのミルキーが今日はやけに落ち着きがない。
「まあ、ミルキー。どうしたの? そんなに小刻みに震えて。どこか痛いの?」
夫人はカップをテーブルに置き、優しい声で話しかけながら手を伸ばした。
「グルル……」
ミルキーは喉の奥で低く唸り、後ずさるように身を引いた。
その目は普段の穏やかな光を失い、赤く充血して不気味に揺れている。
口元からは絶えず涎が滴り、剥き出しになった牙の間から荒い息が漏れている。
「あらあら、どうしたというの。私よ? あなたのママよ?」
夫人は何も気づかない。
ただ、ペットがちょっとご機嫌斜めぐらいに思っている。
彼女はミルキーの頭を撫でようと、もう一度手を伸ばした。
――――その瞬間。
「グルルルルルルァァァッ!」
ミルキーが豹変した。
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