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終幕の結婚式
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あの悪夢のような晩餐会の後、数日が過ぎても心は傷だらけのままだった。ヴァロア侯爵家で浴びせられた嘲笑と侮蔑の言葉が、今も頭から離れない日々。シュロトの冷徹な表情、ルネアの歪んだ愉悦の笑み――それらが瞼の裏に張り付いて消えることはなかった。
そんな折、追い打ちをかけるようにスフレ家に衝撃が走った。体調不良を理由に姿を見せていなかった使用人のエドモンが、突然辞表を提出し、誰にも行き先を告げずに屋敷を去ってしまったのだ。晩餐会でのルネアの虚偽に満ちた告発。その"信頼できる目撃者"として彼女が名を挙げたのが、他ならぬエドモンだった。
「どうしてエドモンがあんな嘘を……」
父も母もわたしの潔白を信じてくれてはいたものの、エドモンの不可解な失踪には困惑を隠しきれない様子だった。
「リリーナ、落ち着きなさい。エドモンには何か事情があったのかもしれない。だが、彼がいなくなった今、真相を確かめる術は……」
父の言葉は途切れ、重いため息が部屋に満ちた。問い詰めることさえできぬまま、裏切りの真実は闇の中に葬り去られようとしていた。無実を証明する手立てはもはやどこにもないのだろうか。途方もない失望感が黒い霧のように心を覆い尽くしていくのを感じた。
アランが陰で糸を引いているのではとも思ったが、わたしはその考えを打ち消した。抜け道のことを知っていたのは彼だけ。でも、部屋での彼の必死の懇願は到底演技だとは思えなかった。それに、ルネアとの関係に苦しんでいた彼が、手を組んでわたしを陥れるとはどうにも考えにくい。
――スフレ家の雰囲気は重く沈んでいた。わたしのせいで家の名誉に傷がついたと、親戚筋からは陰口も聞こえてくる。父も母もわたしを庇ってはくれるものの、その表情には心労の色が濃く、申し訳なさで胸が張り裂けそうだった。
「お父様、お母様、本当にごめんなさい……。わたしのせいで……」
「お前のせいではないよ、リリーナ」
父は力なく微笑んだ。
「真実はいつか必ず明らかになる。それまで耐えるしかない」
母は黙って手を握りしめてくれたが、指先に込められた無言の励ましさえも今のわたしには痛いほどだった。
---
そんな打ちひしがれた日々を送るわたしのもとに、悪意の塊とでも言うべき代物が届けられた。――シュロトとルネアの結婚式の招待状。純白のカードに記された二人の名前。
――結婚? あの二人が? こんなにも……早く? どれほどの時が流れたというのだろう。わたしたちの共有した時間が、いとも簡単に上書きされて消え去っていくような感覚……。
わたしに追い打ちをかけるように、二人は事を急いだというのだろうか。つまりはわたしをさらし者にし、嘲笑うためだけに送られてきた挑戦状――。
「ひどいわ……あまりにも……!」
招待状を握りしめる手が怒りで震えた。傍にいたビアンカはわたしの顔を覗き込み、心配そうに眉をひそめた。
「リリーナ、こんな悪趣味な嫌がらせに付き合う必要なんてないわ! これは明らかな罠よ。あなたを笑いものにするための!」
ビアンカは凄まじい剣幕で訴えかけた。彼女の言うことは正論だ。これ以上、自ら屈辱を味わいに茨の道を選ぶなど愚の骨頂かもしれない。
「ええ、わかっているわ、ビアンカ。これは……紛れもなくルネアの仕業。でも……」
言葉を詰まらせた。この目で全てを見届けて、今度こそ完全に断ち切りたいという悲痛な願い。そしてほんの僅かでも、何かが変わるかもしれないという愚かな期待。
「行こうと思うの」
そんな折、追い打ちをかけるようにスフレ家に衝撃が走った。体調不良を理由に姿を見せていなかった使用人のエドモンが、突然辞表を提出し、誰にも行き先を告げずに屋敷を去ってしまったのだ。晩餐会でのルネアの虚偽に満ちた告発。その"信頼できる目撃者"として彼女が名を挙げたのが、他ならぬエドモンだった。
「どうしてエドモンがあんな嘘を……」
父も母もわたしの潔白を信じてくれてはいたものの、エドモンの不可解な失踪には困惑を隠しきれない様子だった。
「リリーナ、落ち着きなさい。エドモンには何か事情があったのかもしれない。だが、彼がいなくなった今、真相を確かめる術は……」
父の言葉は途切れ、重いため息が部屋に満ちた。問い詰めることさえできぬまま、裏切りの真実は闇の中に葬り去られようとしていた。無実を証明する手立てはもはやどこにもないのだろうか。途方もない失望感が黒い霧のように心を覆い尽くしていくのを感じた。
アランが陰で糸を引いているのではとも思ったが、わたしはその考えを打ち消した。抜け道のことを知っていたのは彼だけ。でも、部屋での彼の必死の懇願は到底演技だとは思えなかった。それに、ルネアとの関係に苦しんでいた彼が、手を組んでわたしを陥れるとはどうにも考えにくい。
――スフレ家の雰囲気は重く沈んでいた。わたしのせいで家の名誉に傷がついたと、親戚筋からは陰口も聞こえてくる。父も母もわたしを庇ってはくれるものの、その表情には心労の色が濃く、申し訳なさで胸が張り裂けそうだった。
「お父様、お母様、本当にごめんなさい……。わたしのせいで……」
「お前のせいではないよ、リリーナ」
父は力なく微笑んだ。
「真実はいつか必ず明らかになる。それまで耐えるしかない」
母は黙って手を握りしめてくれたが、指先に込められた無言の励ましさえも今のわたしには痛いほどだった。
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そんな打ちひしがれた日々を送るわたしのもとに、悪意の塊とでも言うべき代物が届けられた。――シュロトとルネアの結婚式の招待状。純白のカードに記された二人の名前。
――結婚? あの二人が? こんなにも……早く? どれほどの時が流れたというのだろう。わたしたちの共有した時間が、いとも簡単に上書きされて消え去っていくような感覚……。
わたしに追い打ちをかけるように、二人は事を急いだというのだろうか。つまりはわたしをさらし者にし、嘲笑うためだけに送られてきた挑戦状――。
「ひどいわ……あまりにも……!」
招待状を握りしめる手が怒りで震えた。傍にいたビアンカはわたしの顔を覗き込み、心配そうに眉をひそめた。
「リリーナ、こんな悪趣味な嫌がらせに付き合う必要なんてないわ! これは明らかな罠よ。あなたを笑いものにするための!」
ビアンカは凄まじい剣幕で訴えかけた。彼女の言うことは正論だ。これ以上、自ら屈辱を味わいに茨の道を選ぶなど愚の骨頂かもしれない。
「ええ、わかっているわ、ビアンカ。これは……紛れもなくルネアの仕業。でも……」
言葉を詰まらせた。この目で全てを見届けて、今度こそ完全に断ち切りたいという悲痛な願い。そしてほんの僅かでも、何かが変わるかもしれないという愚かな期待。
「行こうと思うの」
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