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11 殺人鬼の意地

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右手のナイフから繰り出される斬撃が蟲人族特有の固い皮膚にぶつかり、火花を散らす。


「くっ……」


自分は今、名も知らぬ襲撃者の殺意を一心不乱に避け続けている。


「おらおら、どおしたよお?

俺を三手で殺すんだろお~?

はぁ、やってみろや、ああん!?」


武器があるかないかで、これ程違うとは思わなかった――――ッ!


――――ピッ――――。


上体を起こしてスウェーで横薙ぎの一閃を躱す。

いや、躱しきれてない。

頬から血が噴き出す。


「虫けらみてえに頑丈だけどよお、

内側は柔らけえみてえだなあ?

くはは」


自分の装甲みたいに硬くなっている部分ならあのナイフ程度弾く程の硬度を持っているが、

それ以外は芋虫の様に脆くなっていて、弱点になってしまう。

部屋の壁に背中がぶつかる。


「ほらほら!

避けねえと死んじゃうよお!!?」

「…………大丈夫、すぐに殺すから――――《かいりき》」


スキルを発動した途端、腕が熱くなり、フック気味のアッパーを振り上げた。


「――――おっとと~、はあはあ、よ~やくスキル使いやがったかあ」


スキルを発動した途端、大きく飛びずさり、余裕を持って回避する。


「腕を振り切った時の音の重さが今までとは違う、はあ……さては強化系だな?

それも、はあ、スキル名を詠唱して発動したっつー事は一時的に強化するって所だろ……?」


男はナイフの切っ先をこちらに向けて構える。


「なら俺もスキル使っても、文句はねえよなあ、あ゛あ!?

《イーグルショット》ッ!」


………ッ! 何かが、来る!


「………っ!!」


咄嗟の判断で横に避けた瞬間、さっきまで5メートルは前に後退っていたあの男が壁にナイフを突き刺してすぐ真横に立っていた。


「くふふ、外したかよお。

だがいつまで避けられるかなあ、おい!」


石の欠片が宙を舞い、切っ先がまだ体勢を整え直せていない時分に付き付けられる。


「死ねぇええええええええええ!!! 《イーグルショット》オオオオッ!」

「――――くぅううう! ……《スパイダーショット》ッ!」


衝突と共に砂塵が舞い上がり、一瞬姿が眩むが、その時間はほんの一瞬だった。


――――ポタポタ。


視界が晴れる。

血が滴り落ちる。


「…………うぐ」

「く、くはは。

終わったな





――――俺が」


自分の右腕にはナイフが突き刺さっている。

しかし、そのナイフにはスパイダーショットの粘度の高い糸が絡みつき、

摩擦力を生み出し、ナイフが腕を貫通する事を防いだ。


そして武器が使えなくなり、動きを止められた男に――――逃げ道はない!


「…………かいりき、スパイダーショット、そしてこれが――――三手目……ッ!」


――――ゴウッ!

拳に嵌められたナックルが唸りを上げ、鈍い音と共に男の|こめかみ(テンプル)にめり込む。


「く、くそがァ――――ふべらッ!?」


男は握っていたナイフを手放し、捻りを加えながら吹き飛び、

反対側の壁に頭から突っ込んで、力なく地に伏せる。


「はあ、はあ……応急、処置…………しないと。

《アイテムボックス》」


HPももう少ないのは確実だ。

さっき突っ込んだ薬草を取り出し、とりあえず口に含む。


「……苦っ」


傷口を直さないといけないから、応急処置でしかないけど、仕方ない。


「《ステータス》」


――――――――

プレイヤーネーム:アキヒト
種族:蟲人族《大蜘蛛種》
職業:罠師 rank D up!
プレイヤーLv:1
状態:出血中(1ダメージ/毎分)

HP 26/40 up!
MP 2/6 up!

たいりょく:20 up!
こうげき:10 up!(+3)
ぼうぎょ:5 up!(+1)
まほう:3 up!
すばやさ:15 up!(+2)

固有スキル:クモの糸、かいりき
攻撃スキル:わな設置、糸使い、毒使い、かくとう
防御スキル:
強化スキル:
魔法スキル:火まほう
生産スキル:わな作成、採取、鑑定
特殊スキル:気配察知、隠密

SP(スキルポイント):10

――――――――


罠師のランクが上がったおかげでタイムリミットが伸びた。

出血のダメージがまだ続いているし、何より皮膚にスパイダーショットでくっついたナイフが抜けない。


ナイフを抜かなければ薬草で傷口も治療できない。

妙な所でリアルなゲームだよ……。


……というか、自分で刺させておきながら抜き方を考えてなかった。

あ、あれが使えるかも……。


「――――《ファイア》――――って熱゛づづううううう…………ッ!」


指先に火を灯し、傷口に近付けると、ナイフと自分の肉の間に挟まれたネバネバの糸が燃え上がった。

肉が焼け、傷口が相当痛むが、それと同時にナイフがカランと地に落ちた。


「……《ステータス》」


――――――――

プレイヤーネーム:アキヒト
種族:蟲人族《大蜘蛛種》
職業:罠師 rank D
プレイヤーLv:1
状態:火傷

HP 13/40
MP 1/6

たいりょく:20
こうげき:10(+3)
ぼうぎょ:5(+1)
まほう:3
すばやさ:15(+2)

固有スキル:クモの糸、かいりき
攻撃スキル:わな設置、糸使い、毒使い、かくとう
防御スキル:
強化スキル:
魔法スキル:火まほう
生産スキル:わな作成、採取、鑑定
特殊スキル:気配察知、隠密

SP(スキルポイント):10

――――――――


うし!

クモの糸は燃えやすかったしな。

これもそうなんじゃないかと思って火を付けてみたら正解だった。

継続ダメージは何とか止まったけど、今の火で結構HPが持ってかれたみたいだ。


薬草をもう一枚取り出し、口に含む。

苦いけど仕方ない。


「いっつつ…………」

検証はしてないけど、さっき薬草を食べた時は何となく効果があった気がする。

痛みに体を屈めながらゆっくり起き上がろうとした時、何かの影が自分を覆った。



「…………俺はよお……かふっ……まだ負けちゃいねえぜ」



顔を見上げた瞬間、頭から血を吹き出した男が意識もしっかりしない虚ろな表情でこちらを見下ろしていた。


「俺には……俺の、意地がある」


(もう――――あんな失敗はしねえ)


歯を食い縛り、一歩前へ進む。


(あんな情けで――――お袋を……ッ)


手にはこぶし大の尖った石。

それを振り上げ、焦点の合わない視線で持ち上げ、

――――一気に振り下ろした。


「…………ッ!?」


気が緩んだ隙を――――!?

だが、響いたのは石が脳天に直撃する鈍い音ではなく――――、


「子供に手ぇ出してんじゃねえよ、ゴミガアアアア!」


――――甲高い金属音と、突如現れた女性の慟哭が混乱した脳裏に反響した。
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