君は天国を信じるか?

一崎トキ

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第八話 現在-4

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現在-4
 
2019/06/25
 
「かんぱーい!」
 
「乾杯」
 
 俺と志田はビールの缶をぶつける。
 相変わらずの志田の家での宅飲みだった。
 
「ねぇ、そういやさ。上谷って料理できんの?」
 
「いや、全くできない」
 
「なんだ、できるなら何か作ってもらおうと思っていたのに」
 
「というか、どうせ冷蔵庫の中身何もないだろ」
 
 志田は目をパチクリとさせる。
 
「何言ってんの。冷蔵庫を使わないわけないじゃん」
 
「料理する材料が無いだろ、ってことだよ。それともお前、料理できんの?」
 
「……別にできなくても、問題無いよね?」
 
「まぁ、そうだな」
 
 俺は左手でネックレスのチェーンを弄りながら、右手で酒のつまみの柿の種を数個取り、口の中に放り込む。
 
「そういや、上谷。前買いたいって言ってたものって、手に入ったの?」
 
「あ?そんなこと言ったか?」
 
「言ったじゃん。わざわざ学校サボって買いに行こうしてたヤツ」
 
「……ああ」
 
 その事か。
 志田の説明は少しズレてるからわからなかった。
 
「まだ手元に無いが、いつかは手に入れるつもり」
 
「そう。よくわかんないけど、がんばってね~」
 
 志田はグビグビっとビールを飲んでいたが、いきなりピタリと止まった。
 ……どうしたんだろう。
 
「やばい、クスリやりたい」
 
「突発的だな、おい」
 
 まさかこのタイミングで言ってくるとは思わなかった。
 
「いつもあんたがいるときはトイレに隠れて吸ってたんだけど、あんたが引かなくて良かったよ」
 
「そりゃ、どうも」
 
 通りでトイレから戻ってくると、いつもテンションが高いわけだ。
 
「上谷も吸う?」
 
「吸わねぇよ……」
 
 俺は少し志田とテーブルから距離を置き、スマホを弄る。
 
「少しぐらい興味深そうにしろよぉ!」
 
 志田は俺がスマホを弄りだしたのが気に食わないようだ。
 
「はぁ……」
 
 俺はため息をつきながらも、スマホをしまう。
 
「おい、この部屋使ってるんだから、あんたもやれよ」
 
「嫌だよ。むしろお前がその犯罪行為をやめるべきだろ」
 
「正論とか要らないから」
 
 志田はアルミホイルとライターと粉を用意する。
 
「こんな感じに折り畳んで」
 
 少し深さができるようにアルミホイルを折り畳む。
 
「ここにスピードを入れる」
 
 怪しい粉をその深さのとこに落とす。
 ……それにしても、俺も気になってるから別に良いのだが、こいつ、楽しそうに覚醒剤のキメ方を解説するなぁ………。
 
「それで、最後はライターの火を当てる」
 
 クスリを入れた折り畳んだアルミホイルを下からライターで炙っている。
 煙が出てきた。
 
「ハァァァァァ………………」
 
 志田は今まで見たことないような幸せな表情を浮かべている。
 俺は少し志田と距離を取る。
 
「なんで、離れるんだよ、上谷!」
 
 結構目敏い。
 
「もう、十分飲んだし、帰る」
 
「まだあんた吸ってないだろ!」
 
 志田が俺の背中を勢いよく叩く。
 
「イテェ。……別に吸いたいと思わないから」
 
「チッ」
 
 志田は大きく舌打ちする。
 
「じゃあな、もう二度と来んなよ!」
 
「もう酒持って来れなくなるけど、それでも良いのか?」
 
「それは困るー」
 
「あ、そ」
 
 俺はそのまま玄関から外に出た。
 
 
2019/06/26
 
『今日、用事あるから、出席カードの代筆頼む』
 
 メッセージを志田に送る。
 返事はすぐに帰ってきた。
 
『今日も酒買ってこいよー』
 
 志田らしい内容だった。
 ま、ビールを適当に買っていけばそれで良いか……
 
 
 ピンポーン。
 インターホンを鳴らす。
 
「鍵空いてるから入ってきてー!」
 
 部屋の中から大声が聞こえてくる。
 俺はドアノブに手をかけ中に入る。
 部屋の中に入ると志田は週刊誌を読んでいた。
 珍しく酒に目もくれず。
 
「何読んでんだ?」
 
 俺は気になって、志田に聞く。
 
「ああ、これ、二年前の連続殺人事件の記事が載ってたから、気になって」
 
 二年前の連続殺人事件。
 
「……お前、そういうのに興味があったとは意外だ」
 
「だって、うちの大学の学生も殺されてるんだよ?超面白いじゃん」
 
 二年前の十月、この赤橋区で連続殺人事件が起こった。
 被害者は十代後半から二十代前半の女性のみ。
 どれも夕方から夜かけて、腹に一、二箇所刺されるといったものだった。
 変わった特徴として、被害者の装飾品が持ち去られていた。
 ただ被害者の共通点は『若い女性』のみだったため、この事件は最初は関連性が見えず、犯行は五人にまで登った。
 期間にして二週間。
 それが、警察が犯人を捕まえるのにかかった時間だった。
 犯人の名前は木野淳。
 42歳の男で、動機は『女性を刺し殺すことに興奮する』『人殺すのが楽しそうだからやってみた。実際楽しかった』『殺人鬼として、注目されたかった』……といったものだった。
 そしてこの被害者の中に、俺と志田が通っている大学の学生が含まれており、当時は大学内でもかなり話題になった。
 
「この事件、私結構好きでさー。そこそこ追ってんだよねー」
 
「そうか」
 
 俺はドカリとテーブルの前に座る。
 ……
 
「その雑誌、ちょっと見せて」
 
「ほい」
 
 俺は週刊誌を志田から受け取る。
 そこの見出しには
 
『全国を震撼させた、赤橋連続殺人事件の衝撃の真相!関係ないと思われた被害者の意外な共通点とは!?』
 
 と書いてあった。
 ……俺はこの手の雑誌が嫌いだ。
 真実かどうかは関係なく、ただただ面白おかしくしようとしているのが伝わってきて、嫌になる。
 実際、今俺が読んでいる箇所だって、ショッキングなデタラメばかりだ。
 俺はネックレスのチェーンを弄るのとは反対の手で、雑誌のページをめくる。
 
「ねぇ、そういえば、あんたってうちの大学の被害者と知り合いだったりするの?」
 
 志田は酒のつまみの用意しながら、俺に声をかけてくる。
 俺はそっちには目もくれず、雑誌のある箇所をジッと見つめながら、答えた。
 
「……さぁな」
 
 そこには、被害者の名前が書いてあった。
 五人の名前。
 
 
 青田弥子(24)、横木春(17)、中原夕(19)、佐藤真海(22)、久山美希(24)
 
 
 俺はその中で、真ん中に書かれている名前をジッと見つめていた。
 
 
 
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