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12.学院の喧騒
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夏休みが終わり、私たちは学院に通う日々がまた始まる。オルメアの顔を毎日のように見ることができるそんな学院生活。私はそわそわしながら校舎へと踏み込む。
教室に向かう途中に聞こえてくるのは、夏の思い出。私は彼らの弾んだ声に耳を傾けながら廊下を進む。もちろん、話題はそれだけではない。私たちは、噂だって大好きだ。
「聞いた? エレノアの実家、大変だったみたいだよ?」
「聞いた聞いた! さっきエレノアを見かけたから聞いてみたけど、本当の話みたいね」
女子生徒たちが話す姿を横目で見る。ここでもエレノアの話。私も、耳の早いゾイアから話は聞いていた。と、いうより、皆と違って、記憶が残っているから知っていたことだけど。
エレノアの母方の家は、資産家だ。父方も資産を持っている家柄ではあるけれども、そちらには遠く及ばないだろう。父親は今、母方の家業を手伝う傍ら、研究職をしていると聞いた。なかなかに悠々自適。楽しい人生を送っていることだろうに。
エレノアのお母様は基本的には専業主婦をしていて、社交クラブに顔をしょっちゅう出している顔の知れた人だ。家にはメイドや執事がいて、やることがあまりないのかもしれない。
そんなエレノアの母親が今回、謀反を起こした。
それは言い過ぎで、謀反なんて言えるようなことではないのかもしれないけれど、とにかく、母親が実家との縁を切ろうとしているらしい。どちらかというと、反抗期とか、独立心みたいなことかもしれないけど。
私は、教室の中で静かに座っているエレノアを見る。相変わらず発光しているみたいに輝いて見える。同じ教室の私は、エレノアの隣に座った。
「おはよう、エレノア」
とりあえず挨拶をしないと。エレノアは読んでいた本を下げて、私を見て微笑む。少しだけ元気がなさそうに見えた。
「ロミィおはよう。今年もはじまってしまうわね」
「ええ、そうね」
新学年が始まったことに、エレノアは困ったように笑ってみせる。私たちは十一年生になった。入学した時に憧れていた存在は、もうすぐそこだ。
エレノアのことを他の生徒達は興味深そうにちらちらと見る。この学院では、お家騒動は格好のゴシップとなる。しょうがない。好奇心は出てきてしまうもの。でもエレノアは、あまり気にしていないみたい。
「今年は、ロミィはどこのクライアントを受けるの? もう決めている?」
「うん。去年と同じく、PR系のことを研究していくわ」
「まぁ、素敵ね。ロミィにぴったり」
エレノアは可憐に笑う。
「エレノアは?」
「私も、ロミィと同じ分野にしようかしら?」
「え? そうするの?」
「ええ、そうしようかなって」
ドキッと、少しだけ鼓動が強くなる。エレノアが同じ分野を取るのはシナリオと同じ。そこで敵対心むき出しになっていくのが私。だから、エレノアの選んだものは私のトラウマでもある選択になってしまう。
けれど、私も学びたいことは変えたくない。シナリオと同じ選択だろうと、囁く声は聞こえないのだから、あまり意識しないようにしないと。
気にしては駄目と言い聞かせてはいるけれど、どうしてもオルメアに抱えられていたエレノアの姿を思い出してしまう。ああ、羨ましい。
私が押し寄せる本音に頭を悩ませていると、エレノアの表情が明るくなる。気になって振り返ると、ちょうどニアが教室に入ってきたところだった。
「ニア! おはよう」
「おはよう。エレノア、ロミィ」
エレノアの挨拶にニコッと笑うニアは、私たちからは少し離れた席に座る。もう他の席は埋まりかけていたからだ。
「そうだ、怪我はもう大丈夫なの?」
私はニアを見て、思い出したようにエレノアに問いかける。気遣うのが遅かっただろうか。なんて自己中なの私は。つい、そんな反省をする。
「大丈夫よ。もうなんともないわ」
エレノアはフフフ、と少しはにかむ。そうして私はまた、オルメアのことを思い返してしまう。
もう、私の脳みそは単純なんだから!
気を取り直して、教室の前方を見た。
学校に来ると、やっぱりシナリオの記憶が強く蘇ってきてしまう。少しの間忘れていたけれど、やっぱり後遺症は、簡単には消えてくれないのね。
ふぅ、と小さく息を吐いた私に、エレノアはまた優しい眼差しをくれる。
今日のランチは、エレノアと共にすることになった。エレノアの親友、ベラも一緒。ベラからパンを貰って以来、ベラは私に少しずつ心を開いてくれている。
彼女は前に庭園で話した時よりも少しずつではあるけれど、元気を取り戻しているように見えた。
今日はラウンジでご飯を食べる。私たちはテーブルを確保し、ほかほかのランチで空腹を満たす。
「エレノア、お家の方は大丈夫?」
ベラが囁くようにして尋ねる。エレノアは周りを少し気にする素振りをすると、くすっと笑った。
「大丈夫よ。私はなんともないの」
「そうなの? でも、お母様、家に帰ってこないって聞いたよ?」
「ふふふ。そうね。だけど、母のいる場所は知っているから、大丈夫よ」
ベラはその言葉にほっとしたように胸を撫で下ろす。
「ねぇエレノア……、その、何があったのか、聞いてもいいの?」
私は、うずうずとしてしまって思わずそう聞いてみる。本当に、シナリオそっくりそのままなのだろうか。そんな興味もあった。
だけど、単刀直入に聞きすぎたかもしれない。失礼だった気がする。私が顔を歪ませると、エレノアは「いいのよ」と微笑む。
「流れている噂と同じよ。私の母が実家と仲違いをしたの。それで、母は私たち家族からも離れて、今は心を整理しているところ」
「……どうして、そんなことに……?」
「母はね、実家を継ぎたいのよ。いえ、当主じゃなくても別にいいのよ。だけど、家業を手伝いたいって思っているわ。ちゃんとカンパニーの一員として、意見を出す機会が欲しいとね」
「それは、おかしなことではないと思う」
「私も。うちの家では、母の言うことは絶対だよ」
ベラが眉を下げて笑う。
「そうね。でも母の実家はそうは思わなかった。私もこっそり覗いていたからその場にいて見ていたのだけど、叔父様たちが悩んでいるから、母が意見を出したの。でも運営をしている親戚の皆は、経営に口を挟むなって、聞いてくれなかったのよね。まるで母のこと、何も知らない幼児のように見ていたわ」
「まぁ、気分が良くないこと」
私は思わず眉をひそめる。私の家では、そんな場面はあまりない。母はしっかりと意見を持っていて、それをストレートに父に投げかけるような人だから。父が経営に悩んでいる時も、ちゃんとその意見は大切にしてきたのを見ている。
「まるで母は何もできないお飾りだって、そう思っているみたい。母は皆の働く姿に憧れていたから、小さなころから家業の手伝いがしたくて、お爺様や兄弟たちのしたお遊びの約束を、ずっと胸に残していたの。言われた通りに生きれば、いつか話を聞くって約束をね。将来、母もちゃんと一員として認めてもらえて、対等に議論を交わせるものだと信じていたのよ」
エレノアが苦い顔をする。なんでも、エレノアの母以外は皆、男性の会員のようで、エレノアは長女だからとその場にいられるだけのようだ。そんなの、意味あるのだろうか。
「だけど結局、向こうはもとからその気がなくて、子供の戯言だって思っていたみたいで、それで母も黙っていられなくなってしまって、もう我慢の限界って、実家の縁を切ろうとしたの。たくさんの約束を踏みにじられたって言ってね。だけど、これまで実家のおかげで裕福な生活をしてきた母のこと。周りはそれを止めたわ」
「突然、野に放たれるのも実際のところはなかなか大変だもんね」
ベラは、うんうんと頷く。この中で一番、ベラは庶民的な感覚を持っている。きっと彼女が一番世間を知っているはず。私はそう思っていた。
「母は自分に出来ることを探して、今は一人でいたいみたいなの。実家の方は、少し呆れているみたいで、勝手にしろ、ですって。だけど、私のことは学校を卒業するまで面倒見てくれるそう。この学校に入れたのも母だから、本当は彼らは私のことも、どうしてそんな学校に通うんだって、思っているのでしょうね」
エレノアは肩をすくめてフォークをジャガイモに刺す。
「困ったものね。私の家では、女はお飾りでいいみたい。黙ってにこにこ笑って、面目を保っていればいいのでしょう」
「そんな……」
エレノアの自虐的な笑い声に、私とベラは目を合わせる。ベラは目を丸くして、首を小さく横に振った。
「エレノア、そんなの気にしなくていい。それぞれにいろいろな問題があるのだろうけど、この学校ではそんなことないわ。私たちは、自分の未来のためにもここにいるんだから」
ベラがエレノアの肩を撫でると、エレノアはその手をぎゅっと握り、もやもやが晴れそうにない表情を剥がし、溶けそうなほど穏やかな笑顔を見せる。
「ありがとうベラ。少し落ち込んでいたけれど、元気が出るわ」
「そう。気にしちゃだめ。エレノア、諦めてしまってはいけないわ。お母様はとても勇敢な人よ」
「ロミィ、ありがとう。私も母の気持ちを尊重したい。悪いことなんて何もしていないもの」
私は頷く。エレノアのお母様は、悪者じゃない。自分の心に従いたいだけ。それはとても分かる。この話は、シナリオとは少し違うストーリー。エレノアの母親が出て行ってしまうのは、もっと違う理由だった。
エレノアはそのことに落ち込み、母の意志を継ぐかのように、それまで隠していた才能を発揮し、学業に力を入れていく。そうして、学院を席巻していくの。
だからエレノアのお母様は、本当に嫌気がさしたのだと思う。
恵まれた環境と引き換えに、自己を打ち消す。そんな自己否定という呪いから、逃れたかったのだろう。
贅沢にも思えるけど、彼女はそう思ったのだから、責めてしまうのもおかしい話。
私だって同じことされたら嫌な気持ちだから。
私はエレノアのお母様を尊重するように、エレノアを見る瞳にぐっと力を込める。
「性別を盾にして、馬鹿にされたくはないわよね。私たちだって、ちゃんと生きているのだから」
エレノアとベラは私の顔を見て、とても良い笑顔を見せてくれた。
それは初めて見る、彼女たちの素顔だった。
教室に向かう途中に聞こえてくるのは、夏の思い出。私は彼らの弾んだ声に耳を傾けながら廊下を進む。もちろん、話題はそれだけではない。私たちは、噂だって大好きだ。
「聞いた? エレノアの実家、大変だったみたいだよ?」
「聞いた聞いた! さっきエレノアを見かけたから聞いてみたけど、本当の話みたいね」
女子生徒たちが話す姿を横目で見る。ここでもエレノアの話。私も、耳の早いゾイアから話は聞いていた。と、いうより、皆と違って、記憶が残っているから知っていたことだけど。
エレノアの母方の家は、資産家だ。父方も資産を持っている家柄ではあるけれども、そちらには遠く及ばないだろう。父親は今、母方の家業を手伝う傍ら、研究職をしていると聞いた。なかなかに悠々自適。楽しい人生を送っていることだろうに。
エレノアのお母様は基本的には専業主婦をしていて、社交クラブに顔をしょっちゅう出している顔の知れた人だ。家にはメイドや執事がいて、やることがあまりないのかもしれない。
そんなエレノアの母親が今回、謀反を起こした。
それは言い過ぎで、謀反なんて言えるようなことではないのかもしれないけれど、とにかく、母親が実家との縁を切ろうとしているらしい。どちらかというと、反抗期とか、独立心みたいなことかもしれないけど。
私は、教室の中で静かに座っているエレノアを見る。相変わらず発光しているみたいに輝いて見える。同じ教室の私は、エレノアの隣に座った。
「おはよう、エレノア」
とりあえず挨拶をしないと。エレノアは読んでいた本を下げて、私を見て微笑む。少しだけ元気がなさそうに見えた。
「ロミィおはよう。今年もはじまってしまうわね」
「ええ、そうね」
新学年が始まったことに、エレノアは困ったように笑ってみせる。私たちは十一年生になった。入学した時に憧れていた存在は、もうすぐそこだ。
エレノアのことを他の生徒達は興味深そうにちらちらと見る。この学院では、お家騒動は格好のゴシップとなる。しょうがない。好奇心は出てきてしまうもの。でもエレノアは、あまり気にしていないみたい。
「今年は、ロミィはどこのクライアントを受けるの? もう決めている?」
「うん。去年と同じく、PR系のことを研究していくわ」
「まぁ、素敵ね。ロミィにぴったり」
エレノアは可憐に笑う。
「エレノアは?」
「私も、ロミィと同じ分野にしようかしら?」
「え? そうするの?」
「ええ、そうしようかなって」
ドキッと、少しだけ鼓動が強くなる。エレノアが同じ分野を取るのはシナリオと同じ。そこで敵対心むき出しになっていくのが私。だから、エレノアの選んだものは私のトラウマでもある選択になってしまう。
けれど、私も学びたいことは変えたくない。シナリオと同じ選択だろうと、囁く声は聞こえないのだから、あまり意識しないようにしないと。
気にしては駄目と言い聞かせてはいるけれど、どうしてもオルメアに抱えられていたエレノアの姿を思い出してしまう。ああ、羨ましい。
私が押し寄せる本音に頭を悩ませていると、エレノアの表情が明るくなる。気になって振り返ると、ちょうどニアが教室に入ってきたところだった。
「ニア! おはよう」
「おはよう。エレノア、ロミィ」
エレノアの挨拶にニコッと笑うニアは、私たちからは少し離れた席に座る。もう他の席は埋まりかけていたからだ。
「そうだ、怪我はもう大丈夫なの?」
私はニアを見て、思い出したようにエレノアに問いかける。気遣うのが遅かっただろうか。なんて自己中なの私は。つい、そんな反省をする。
「大丈夫よ。もうなんともないわ」
エレノアはフフフ、と少しはにかむ。そうして私はまた、オルメアのことを思い返してしまう。
もう、私の脳みそは単純なんだから!
気を取り直して、教室の前方を見た。
学校に来ると、やっぱりシナリオの記憶が強く蘇ってきてしまう。少しの間忘れていたけれど、やっぱり後遺症は、簡単には消えてくれないのね。
ふぅ、と小さく息を吐いた私に、エレノアはまた優しい眼差しをくれる。
今日のランチは、エレノアと共にすることになった。エレノアの親友、ベラも一緒。ベラからパンを貰って以来、ベラは私に少しずつ心を開いてくれている。
彼女は前に庭園で話した時よりも少しずつではあるけれど、元気を取り戻しているように見えた。
今日はラウンジでご飯を食べる。私たちはテーブルを確保し、ほかほかのランチで空腹を満たす。
「エレノア、お家の方は大丈夫?」
ベラが囁くようにして尋ねる。エレノアは周りを少し気にする素振りをすると、くすっと笑った。
「大丈夫よ。私はなんともないの」
「そうなの? でも、お母様、家に帰ってこないって聞いたよ?」
「ふふふ。そうね。だけど、母のいる場所は知っているから、大丈夫よ」
ベラはその言葉にほっとしたように胸を撫で下ろす。
「ねぇエレノア……、その、何があったのか、聞いてもいいの?」
私は、うずうずとしてしまって思わずそう聞いてみる。本当に、シナリオそっくりそのままなのだろうか。そんな興味もあった。
だけど、単刀直入に聞きすぎたかもしれない。失礼だった気がする。私が顔を歪ませると、エレノアは「いいのよ」と微笑む。
「流れている噂と同じよ。私の母が実家と仲違いをしたの。それで、母は私たち家族からも離れて、今は心を整理しているところ」
「……どうして、そんなことに……?」
「母はね、実家を継ぎたいのよ。いえ、当主じゃなくても別にいいのよ。だけど、家業を手伝いたいって思っているわ。ちゃんとカンパニーの一員として、意見を出す機会が欲しいとね」
「それは、おかしなことではないと思う」
「私も。うちの家では、母の言うことは絶対だよ」
ベラが眉を下げて笑う。
「そうね。でも母の実家はそうは思わなかった。私もこっそり覗いていたからその場にいて見ていたのだけど、叔父様たちが悩んでいるから、母が意見を出したの。でも運営をしている親戚の皆は、経営に口を挟むなって、聞いてくれなかったのよね。まるで母のこと、何も知らない幼児のように見ていたわ」
「まぁ、気分が良くないこと」
私は思わず眉をひそめる。私の家では、そんな場面はあまりない。母はしっかりと意見を持っていて、それをストレートに父に投げかけるような人だから。父が経営に悩んでいる時も、ちゃんとその意見は大切にしてきたのを見ている。
「まるで母は何もできないお飾りだって、そう思っているみたい。母は皆の働く姿に憧れていたから、小さなころから家業の手伝いがしたくて、お爺様や兄弟たちのしたお遊びの約束を、ずっと胸に残していたの。言われた通りに生きれば、いつか話を聞くって約束をね。将来、母もちゃんと一員として認めてもらえて、対等に議論を交わせるものだと信じていたのよ」
エレノアが苦い顔をする。なんでも、エレノアの母以外は皆、男性の会員のようで、エレノアは長女だからとその場にいられるだけのようだ。そんなの、意味あるのだろうか。
「だけど結局、向こうはもとからその気がなくて、子供の戯言だって思っていたみたいで、それで母も黙っていられなくなってしまって、もう我慢の限界って、実家の縁を切ろうとしたの。たくさんの約束を踏みにじられたって言ってね。だけど、これまで実家のおかげで裕福な生活をしてきた母のこと。周りはそれを止めたわ」
「突然、野に放たれるのも実際のところはなかなか大変だもんね」
ベラは、うんうんと頷く。この中で一番、ベラは庶民的な感覚を持っている。きっと彼女が一番世間を知っているはず。私はそう思っていた。
「母は自分に出来ることを探して、今は一人でいたいみたいなの。実家の方は、少し呆れているみたいで、勝手にしろ、ですって。だけど、私のことは学校を卒業するまで面倒見てくれるそう。この学校に入れたのも母だから、本当は彼らは私のことも、どうしてそんな学校に通うんだって、思っているのでしょうね」
エレノアは肩をすくめてフォークをジャガイモに刺す。
「困ったものね。私の家では、女はお飾りでいいみたい。黙ってにこにこ笑って、面目を保っていればいいのでしょう」
「そんな……」
エレノアの自虐的な笑い声に、私とベラは目を合わせる。ベラは目を丸くして、首を小さく横に振った。
「エレノア、そんなの気にしなくていい。それぞれにいろいろな問題があるのだろうけど、この学校ではそんなことないわ。私たちは、自分の未来のためにもここにいるんだから」
ベラがエレノアの肩を撫でると、エレノアはその手をぎゅっと握り、もやもやが晴れそうにない表情を剥がし、溶けそうなほど穏やかな笑顔を見せる。
「ありがとうベラ。少し落ち込んでいたけれど、元気が出るわ」
「そう。気にしちゃだめ。エレノア、諦めてしまってはいけないわ。お母様はとても勇敢な人よ」
「ロミィ、ありがとう。私も母の気持ちを尊重したい。悪いことなんて何もしていないもの」
私は頷く。エレノアのお母様は、悪者じゃない。自分の心に従いたいだけ。それはとても分かる。この話は、シナリオとは少し違うストーリー。エレノアの母親が出て行ってしまうのは、もっと違う理由だった。
エレノアはそのことに落ち込み、母の意志を継ぐかのように、それまで隠していた才能を発揮し、学業に力を入れていく。そうして、学院を席巻していくの。
だからエレノアのお母様は、本当に嫌気がさしたのだと思う。
恵まれた環境と引き換えに、自己を打ち消す。そんな自己否定という呪いから、逃れたかったのだろう。
贅沢にも思えるけど、彼女はそう思ったのだから、責めてしまうのもおかしい話。
私だって同じことされたら嫌な気持ちだから。
私はエレノアのお母様を尊重するように、エレノアを見る瞳にぐっと力を込める。
「性別を盾にして、馬鹿にされたくはないわよね。私たちだって、ちゃんと生きているのだから」
エレノアとベラは私の顔を見て、とても良い笑顔を見せてくれた。
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