操り人形の外の世界

冠つらら

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22.葡萄畑の誘惑

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 車に揺られて、見慣れない場所に来た。
 広大な葡萄畑を越えて、目の前に聳え立つのは蔦の絡まったシャトー。
 ここはベラの親戚が経営するワイナリー。私たちは、ベラに案内されて車を降りる。

「みんな、いらっしゃい」

 白髪の男性が手を広げて待ち構えている。ベラは男性に向かって駆け寄り、嬉しそうにハグをした。
 今日はベラが企画したワイナリー見学の日だ。エレノアとニアと共にベラの後ろにつき、会釈をする。

「今日はありがとうございます」

 エレノアが挨拶をすると、ベラの親戚のおじさまはにっこりと笑う。とても人のいい笑顔だ。

「いやいや、よく来てくれました! ベラのお友達が来るって聞いて、私も張り切ってしまったよ」
「えへへ。テディおじさんは父の従弟なの。ここは兄弟で経営してるワイナリーなんだよ」
「へぇ。すごく広くて驚きました」

 ニアが感心した声を出す。土地を見ると目が光るのは、お父様に似たのかな。

「ワインは飲めないけれど、おじさんがノンアルコールのものを色々作ってくれたみたいなの!」
「あははは! 早く皆にもうちのワインを飲んでもらいたいものだけどなぁ」
「おじさん、そんなこと言っていいの?」

 ベラはテディさんをからかうようにして小突く。仲が良さそうだ。ベラのお兄さんもそうだけれど、ベラの周りの人たちはとても陽気で、表情からもういい人オーラが漂っている。
 ベラの天真爛漫さも頷ける。私は一人、勝手にそんなことを考えていた。

「あ、畑、見学してもいいですか?」
「もちろん! うちの自慢の畑だ、案内するよ」

 ニアはテディさんに連れられて、畑の方面へと歩き出す。私たちはベラについていき、建物の中へと入った。

「ここはおじさんのお家でもあるんだよ」

 そう言った通り、中は普通の自宅と変わりがない様子だった。なんでも、外観はテディさんの趣味で改装をしたとのこと。まるで中世の世界に来たようだったけれど、中に入ってしまえばそこまでの違和感はなくなった。

「おばさま! お久しぶり!」

 私たちを迎え入れてくれたテディさんの妻とベラが話をしている間、私はエレノアと、机の上に用意されていたお菓子を頬張る。
 エレノアは最近も相変わらず自分の問題を話そうとはしない。けれど、少しずつ表情に元気が戻ってきているようにも見える。ベラの気持ちが通じているといいのだけれど。

「エレノア、ここに来るのは初めて?」
「ええ、そうよ。ベラから話は聞いていたけれど」

 マフィンを一口かじり、エレノアは舌をペロッと出す。

「ベラの親戚の人は、とてもいい人たちね」
「そうね」

 ベラとおばさまの様子を見ていると、なんだかほっこりとしてくる。少し恰幅のいいおばさまは、勝気な表情をしているけれど、そこに優しさも垣間見える。

「挨拶が遅くなってごめんねぇ。テイラーよ」

 テイラーさんは、ベラと肩を組んだままこちらを見る。

「はじめまして」

 私とエレノアもそれに応え、テイラーさんお手製のお菓子を褒める。それからしばらくの間は、外のテラスに出て私たちは会話を楽しんだ。
 テイラーさんはテディさんたち兄弟と一緒にワイナリーを経営しているらしく、主に経理を担当、さらには経営方針にも大きな裁量権を持っているようだった。
 テイラーさんの話をエレノアは、瞬きも疎かに興味深そうに聞いている。

「もともとは、テディおじさんたちのお父さんがこのワイナリーを開いたんだよ。急に、趣味が欲しくなったとか言って」
「そんな簡単に開けるものなの?」
「分からないけど、やる気があればなんでもできるんじゃないかな?」

 ベラは私の素朴な疑問に、そんなに大それたことではないような感じで答える。その軽快さが、なんだか心地よかった。

「テディがここを継いだ時も、なんてことはなかったわ。私たちが目指す方向は一つだから、問題なんて後々にしてしまった」

 テイラーさんは少し反省するように笑う。

「継いでからもしばらくはあまり経営状態も良くなかったのよ。ブティック・ワイナリーだから、そんなに知名度もなかったしね」
「そうなんですか」
「でも今は、結構ひろーく買ってもらえてるんだよね! うちの店でも卸してるんだよ」

 ベラは自分事のように得意げに言う。きっと、このワイナリーのことが大好きなのだろう。

「おかげさまでね。だから、今はとても楽しいのよ」
「……へぇ」

 エレノアの消え入りそうな声が隣から聞こえてくる。エレノア自身も、声が出ていたこと自体に気づいてなさそうだ。
 家族経営のこのワイナリーは、業種は違うけれど、エレノアのお母様の実家によく似ている。エレノアはそのことに関心を惹かれているのだろう。

「さぁ、皆も畑を見学する? テイスティングも折角だからしてしまいなさいよ」
「え? いいんですか?」

 エレノアがきょとんとする。

「はるばる来てくれたんだもの。内緒にしておくから」
「あ、でも、アルコールは……」
「他にもたくさんあるから大丈夫!」

 テイラーさんのウィンクに、私たちは頷くことしかできなかった。まぁ、テイラーさんしっかりしていそうだし、大丈夫でしょう。私は根拠のない謎の信頼感を抱えたまま貯蔵庫まで向かう。
 貯蔵庫では、テディさんとニアがちょうど話をしているところだった。ニアは畑を見た後、ワインの説明を聞いていたようだ。真剣な表情をしていて、私たちが来たことにしばらく気がついていなかった。
 ワイナリーの見学が終わった後は、テディさんとテイラーさんが用意してくれた、少し早めの感謝祭と言わんばかりの豪勢な料理に私たちは舌鼓を打った。
 夕陽が落ちてくると、葡萄畑はまた色を変え、若干の哀愁を漂わせて私たちの目を楽しませてくれる。

 晩餐を終えた後は、帰りの時間までそれぞれのんびりと過ごしていた。
 エレノアはベラと一緒にテイラーさんと暖炉の前で夢中でお話をしていて、ニアはテディさんと話した後、また敷地内を見学したいと言って家を出た。
 私は、特製のノンアルコールカクテルを片手に二階のテラスからプールを見下ろす。本来の目的であるエレノアも楽しんでくれているみたいだし、私も便乗して楽しんでしまっている。
 ドメイシアさんのパーティーも終わって、次の課題までの暇にちょうどいいリフレッシュになった。ベラには感謝しなくては。あれ? 最近、ベラに感謝してばっかりじゃない。

「ふふふふ」

 ベラ、ごめんね。ありがとう。
 私はグラスの中身を飲み干し、部屋の中へと入る。
 ニアはまだ外にいるのだろうか。もうじき帰りの時間が来てしまうのだけれど。
 机の上に置かれたフルーツの山を横目に、会話に花を咲かせている三人を見やる。そのまま、暖炉に飾ってある時計へと視線は向かう。
 そろそろ、ニアを呼びに行こう。
 そう思い、私は建物を出て薄暗くなった小道を歩く。ニアは一体どこまで行ったのだろう。急にダッディ家の血が騒ぎだしてしまったのか、ニアはこのワイナリーに来てからずっと目を輝かせていた。

 なんだかんだ言って、血は争えないのかもしれない。というより、教育?
 ニアの真剣ながらも活き活きとした表情を思い出し、私はくすっと笑う。
 エレノアも一緒だし、きっと楽しいのよね。
 また勝手な憶測に満足をして、近くの貯蔵庫を見る。貯蔵庫と直結している小屋には電気が付いていた。そういえばあそこは、以前テディさんがちょっとしたバーを開こうとして作ったと言っていた。
 仲間内でパーティーをするときなんかに使っているとか。

 テディさんとテイラーさんは、とても挑戦的な経営者だ。なんでもトライしてみて、駄目だったら止めればいい。なんでも取り組んで見ないと、結果なんて分からない。そう言って笑っていた。
 そんなフットワークの軽さは羨ましいし、尊敬する。
 私も事業に携われる日が来たらそんな心持でいたい。そう密かにあこがれを抱いた。

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