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36.彼女の営み
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イディナさんと少し会話をしたオルメアは、マグカップを机に置いてすくっと立ち上がった。装飾作業に入るのだろう。確かに、クリスマスツリーのオーナメントも半分しか出来ていないし、その下には飾りがしまってある箱が出しっぱなしになっている。
イディナさんに会ってみたいと申し出た私を招待してくれたオルメアの本来の目的はこれだ。私も立ち上がり、ラジオを聞き始めたイディナさんに会釈をして彼のもとへと小走りで向かう。
「私も手伝うわ」
オーナメントを両手に持ったオルメアは「いいの?」と小首を傾げる。いいに決まっている。私はオルメアの手からハトのオーナメントを拾い上げた。
「こういうことは得意なの。任せてちょうだい」
ハトを顔の横でプラプラと掲げて、得意げに言ってみせる。小さなころ、自宅ではよくゾイアとともに飾り付け合戦をしたものだ。ゴテゴテに装飾しすぎてケリーに呆れられたくらいに。
私の身長より少し大きいツリーの中央付近にハトを飾りつけると、あの頃の興奮が蘇ってきた。幼いゾイアが傍にいるような錯覚に陥り、オルメアを振り返った私は歯を見せて笑う。
けれどすぐにオルメアの表情に気づき、ハッとして口を閉じる。すっかり気が抜けてしまっていた。ここにいるのはオルメアなのに。
私が面食らっている間にもオルメアはオーナメントを次々と飾りつけ、寂しげだったツリーは徐々におめかしをしていく。まるで特別なドレスを着ているようで、さっきよりも誇らしげな顔をしているように見えてきた。ツリーに顔はないのだけれど。
頂点に星を飾ろうとして背伸びをすると、オルメアが優しく補助してくれた。私が転んでしまわないようにそっと肩に手を添えて自分の方へと引き寄せ、もう片方の手を伸ばして星が落ちないように支えてくれる。
彼の指が星に触れると、電気も通っていないのに輝いたように見えた。布越しに伝わるオルメアの大きな手の温もりに、目がちかちかとするせいだ。
「あと、まだリースを飾っていなかったような……」
ぶつぶつと呟くオルメアは箱の中を漁る。私もしゃがみこんでその中身を確認してみる。オーナメントがなくなり、物が少なくなった箱には、少しの置物と壁飾りが残っていた。
大きな靴下なんかも入っていて、ローレン夫妻の名前が刺繍されている。私はそれを手に取り、向こうに見えるイディナさんの背中を見た。
きっと二人で、賑やかに家を飾り付けしていたのだろう。
オルメアに視線を戻した私は、その手に持っている物が目に入り、思わず声が漏れた。
「あ……」
オルメアが手に取ったのはヤドリギのリースだ。派手なものではないけれど、その素朴さ独特の暖かみに癒されることだろう。
「今年はこれを飾ろうかな」
そう呟いたオルメアは、飾る場所を探すために立ち上がり、まじまじとリースを見ている。
ヤドリギのリース。
どきどきどきどきと、静かに胸の音を刻み始めた。
ヤドリギの伝説は私にとって特別なものだからだ。
ヤドリギの下でキスをする恋人は幸せになれると聞く。両親もこの伝説がお気に入りで、娘たちに構わず母はいつもヤドリギの飾りを父の頭上にかざすのだ。それをずっと見てきた私にとって、今やこの伝説は憧れだ。
クリスマスの季節だけは、娘の前では気取っていたくて寡黙なふりをする父を母がリードする。
いつか、私もヤドリギの下で祝福を受けられますように。
両親を見ていると、そう思わずにはいられなかったのだ。
「ロミィ、どこに飾るのがいいと思う?」
「えっ……えっと……」
夢を見ていた私は、慌ててイディナさんのリビングに意識を戻す。オルメアは声がひっくり返った私を見て小首を傾げていた。
「……あ、あそこなんて、どう、かな……?」
指さしたのは暖炉の上だった。そこには写真がたくさん飾られている。
「ああ、いいね。いつもドアに飾っていたから、たまには違うところにしてみたくて」
ヤドリギを持ったオルメアはぱぁっと表情を明るくする。
「ロミィが来てくれて良かった。僕には思いつかなかったし」
大層にお礼を言う彼は、私が指さした壁へとリースを飾り付けていく。
「うん。いい感じ」
満足そうなオルメアの声に呼ばれるように、ちらりとイディナさんが顔を上げた。しかしヤドリギの下で笑っている二人の写真をしばらく眺めた後、イディナさんはまた目を伏せてしまった。
ラジオから聞こえてきた古いサウンドに、イディナさんの意識はラジオの方へと移ろいだ。
その様子を見て、私は暖炉の上に飾られた写真のもとへと向かう。写真の中には旦那さんの晩年の姿も残されていて、若い頃と変わらず陽気で明るい表情に、まったく知らない人なのに親近感が湧いてくる。
「……ん?」
ふと写真を見ていると、スーツを着た彼がつけているバッジに目が留まった。
どこか見覚えのあるそれは、小さくてよく見えなかったけれど、確実に私の記憶の中にあるものだ。
なんだろう……。
私が考え込んでいると、オルメアが呼ぶ声が聞こえてくる。
「……あっ!」
彼の声に呼び起こされるように、私の記憶が高速で巻き戻されていった。
そうだ、これは……。
私を呼ぶオルメアのもとへ駆け寄りながら、蔦に覆われて閉ざされていた扉から少し光が漏れて見えたような気持ちになる。
オルメアは私に心を開かないイディナさんのことを気にしていたみたいで、私のことを心配して大丈夫かと聞いてくれたけれど、もう、全く問題はなかった。
「オルメア、私、ちょっと考えがあるの」
だけどまだ、材料が足りない。
威勢の良い私の声に驚いた顔をしているオルメアに、私はその残りのピースを見つける協力をお願いした。
イディナさんに会ってみたいと申し出た私を招待してくれたオルメアの本来の目的はこれだ。私も立ち上がり、ラジオを聞き始めたイディナさんに会釈をして彼のもとへと小走りで向かう。
「私も手伝うわ」
オーナメントを両手に持ったオルメアは「いいの?」と小首を傾げる。いいに決まっている。私はオルメアの手からハトのオーナメントを拾い上げた。
「こういうことは得意なの。任せてちょうだい」
ハトを顔の横でプラプラと掲げて、得意げに言ってみせる。小さなころ、自宅ではよくゾイアとともに飾り付け合戦をしたものだ。ゴテゴテに装飾しすぎてケリーに呆れられたくらいに。
私の身長より少し大きいツリーの中央付近にハトを飾りつけると、あの頃の興奮が蘇ってきた。幼いゾイアが傍にいるような錯覚に陥り、オルメアを振り返った私は歯を見せて笑う。
けれどすぐにオルメアの表情に気づき、ハッとして口を閉じる。すっかり気が抜けてしまっていた。ここにいるのはオルメアなのに。
私が面食らっている間にもオルメアはオーナメントを次々と飾りつけ、寂しげだったツリーは徐々におめかしをしていく。まるで特別なドレスを着ているようで、さっきよりも誇らしげな顔をしているように見えてきた。ツリーに顔はないのだけれど。
頂点に星を飾ろうとして背伸びをすると、オルメアが優しく補助してくれた。私が転んでしまわないようにそっと肩に手を添えて自分の方へと引き寄せ、もう片方の手を伸ばして星が落ちないように支えてくれる。
彼の指が星に触れると、電気も通っていないのに輝いたように見えた。布越しに伝わるオルメアの大きな手の温もりに、目がちかちかとするせいだ。
「あと、まだリースを飾っていなかったような……」
ぶつぶつと呟くオルメアは箱の中を漁る。私もしゃがみこんでその中身を確認してみる。オーナメントがなくなり、物が少なくなった箱には、少しの置物と壁飾りが残っていた。
大きな靴下なんかも入っていて、ローレン夫妻の名前が刺繍されている。私はそれを手に取り、向こうに見えるイディナさんの背中を見た。
きっと二人で、賑やかに家を飾り付けしていたのだろう。
オルメアに視線を戻した私は、その手に持っている物が目に入り、思わず声が漏れた。
「あ……」
オルメアが手に取ったのはヤドリギのリースだ。派手なものではないけれど、その素朴さ独特の暖かみに癒されることだろう。
「今年はこれを飾ろうかな」
そう呟いたオルメアは、飾る場所を探すために立ち上がり、まじまじとリースを見ている。
ヤドリギのリース。
どきどきどきどきと、静かに胸の音を刻み始めた。
ヤドリギの伝説は私にとって特別なものだからだ。
ヤドリギの下でキスをする恋人は幸せになれると聞く。両親もこの伝説がお気に入りで、娘たちに構わず母はいつもヤドリギの飾りを父の頭上にかざすのだ。それをずっと見てきた私にとって、今やこの伝説は憧れだ。
クリスマスの季節だけは、娘の前では気取っていたくて寡黙なふりをする父を母がリードする。
いつか、私もヤドリギの下で祝福を受けられますように。
両親を見ていると、そう思わずにはいられなかったのだ。
「ロミィ、どこに飾るのがいいと思う?」
「えっ……えっと……」
夢を見ていた私は、慌ててイディナさんのリビングに意識を戻す。オルメアは声がひっくり返った私を見て小首を傾げていた。
「……あ、あそこなんて、どう、かな……?」
指さしたのは暖炉の上だった。そこには写真がたくさん飾られている。
「ああ、いいね。いつもドアに飾っていたから、たまには違うところにしてみたくて」
ヤドリギを持ったオルメアはぱぁっと表情を明るくする。
「ロミィが来てくれて良かった。僕には思いつかなかったし」
大層にお礼を言う彼は、私が指さした壁へとリースを飾り付けていく。
「うん。いい感じ」
満足そうなオルメアの声に呼ばれるように、ちらりとイディナさんが顔を上げた。しかしヤドリギの下で笑っている二人の写真をしばらく眺めた後、イディナさんはまた目を伏せてしまった。
ラジオから聞こえてきた古いサウンドに、イディナさんの意識はラジオの方へと移ろいだ。
その様子を見て、私は暖炉の上に飾られた写真のもとへと向かう。写真の中には旦那さんの晩年の姿も残されていて、若い頃と変わらず陽気で明るい表情に、まったく知らない人なのに親近感が湧いてくる。
「……ん?」
ふと写真を見ていると、スーツを着た彼がつけているバッジに目が留まった。
どこか見覚えのあるそれは、小さくてよく見えなかったけれど、確実に私の記憶の中にあるものだ。
なんだろう……。
私が考え込んでいると、オルメアが呼ぶ声が聞こえてくる。
「……あっ!」
彼の声に呼び起こされるように、私の記憶が高速で巻き戻されていった。
そうだ、これは……。
私を呼ぶオルメアのもとへ駆け寄りながら、蔦に覆われて閉ざされていた扉から少し光が漏れて見えたような気持ちになる。
オルメアは私に心を開かないイディナさんのことを気にしていたみたいで、私のことを心配して大丈夫かと聞いてくれたけれど、もう、全く問題はなかった。
「オルメア、私、ちょっと考えがあるの」
だけどまだ、材料が足りない。
威勢の良い私の声に驚いた顔をしているオルメアに、私はその残りのピースを見つける協力をお願いした。
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