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15 変化を感じて

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 今日も町にいる父との文通は続いている。

 母や姉には、わたしは元気にしている。
 町の外で住み込みで働ける先を見つけたと説明してくれたようだ。

 どうして家族に何も言わずに突然、って父さんが責められているのが、近くにいなくても分かる。
 でも説明したくない。
 学校が嫌いだったこと。
 母さんや姉、弟の言葉に傷ついていたって、父さんに知られたくない。

 父さんからの手紙には、しょっちゅう〝時の番人さま〟って単語が出てくる。
 でも、それには返事をしてはいけない決まりだ。

 父と文通をすることをすすめてくれたクルだけど、決して返事をしてはいけないことを三つ約束した。
 それを破った時は、ここから出ていってもらわなくてはいけない、とまで伝えられた。

 一つ、クルの名前を教えない。

 文通が始まって気がついたのは、わたしは町の外の〝時の番人〟(ってなに?)のところでお世話になりながら、掃除係をしている、って父さんに伝わっていること。
 初めにクルが父さんに連絡した時にどう伝えたのか、いつの間にかそうなっていた。

 わたしが借りている部屋は、気持ちの問題で掃除しているから嘘ではない。
 それでもクルの家は、いつでもどこもかしこもピカピカで、掃除する必要がないのは伝えてない。
 役に立ってないって自分から言えない。

 一つ、わたしがいる場所を明かさない。

 町のすぐ近くの帰らずの森にいるのも秘密。
 クルの言葉を信じるなら、この森は魔導師クルの所有地、つまり私有地。
 浅い部分への侵入は許可しても、深部には人を入れたくないって。
 わたしがここにいるのは良いのかな。

 一つ、時の番人のことには触れない。

 これに関しては「返事をしないで」としか言われてない。
 説明して欲しい。
 父さんが毎回「時の番人さまはどんな方だ」ってしつこい。
 こんなに何度も聞いてくるとか、文通の相手が別人ではないかと考えたこともあるけれど、見慣れた文字は間違いなく父さんのもの。

 時の番人って、なに。
 それが今一番のなぞ。



 一月が過ぎるころから、お腹いっぱい食べられるからなのか、頭がスッキリする日が増えてきた。
 体も軽くなっていく気がする。

 借りている部屋には鏡がない。
 部屋だけではなくて、どこにもない。
 用意してもらった服がゆるくなってないから、体型は変わってないはず。

 父に似ているのに、自分の姿が大嫌いだった。

 焦げたパンみたいなかみの色も。
 背中に手が回らない、まん丸な体も。

 認めたくなかった。
 自分がデブなブサイクだって、思いたくなかった。

 気が狂いそうなほどの空腹に負けて、目の前のものを両手で口にかきこんで、モチャモチャとむさぼり食べる姿が、周りからどう見えてたのか。
 今なら、みんなが正しかったんだって思う。

 わたしは間違いなく、デブでブサイクなブタだった。

 今はどうなんだろう。
 以前のわたしは、いつもどこかぼんやりしていた気がする。
 お腹が空いて、何も考えられなかった。

 森の外はもう冬が近づいてきている。
 日差しは暖かくても、窓を開ければ吹きこんでくる風が冷たい。

 窓を見る。

 わたしの生まれ育った町に、透明なガラス窓のはまった建物はなかった。
 半透明のガラス、それも小さいのを明かりとりの窓に使うくらい。

 クルの家には、惜しげもなく透明なガラスが使われている。
 昼には室内で本が読めるほど明るい。

 魔導師はお金持ちなのか。
 物語や絵本になるくらいだから、稼げそう。
 わたしは魔導師がどれだけお金を稼げる仕事か知らない。

 クルは、どうしてわたしをここに置いてくれるのだろう。
 最近、それをよく考える。

 
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