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29 魔導師さんは変
しおりを挟む足元がなくなってしまう。
そんな気がした。
優しい父さん。
わたしにお芋を分けてくれて、お守りを作ってくれて。
いつも気にかけてくれていた。
「数十年ぶりにツョヴィェク公が動かれます。
歴史に残る瞬間に立ち会える喜びを、お嬢さんに感謝いたします」
男性の言葉がうまく理解できなかった。
この人は父さんを捕まえに来たわけじゃないの?
あー、守りにって言ってたかも。
わたしを守るって言いたいのかな、なにからだろう?
「詳しい話は事後にツョヴィェク公からお聞きください、我は弟弟子の不始末を見届けに来ただけなので、動くことはできません。
魔導師は私刑だけはしてはいけませんので、弟弟子たちの無念は、司法の手で払っていただくことしかできないのです」
感謝すると言われた直後に、わたしの表情を見て言いたいことに気がついてくれた。
魔導師さんも、本当は悔しいんだろうな。
悲しいんだろうな。
「わかりました、一緒にいます」
「ありがとうございます、優しいお嬢さん」
わたしは優しくなんてない。
父さんが人殺しだって知って、一番に自分のことを心配したよ。
母さん、父さんと二人きりで大丈夫かな。
「……」
「それはそうと、お嬢さん、申し訳ありませんが、お洋服の刺繍を見せていただけませんか」
なんだろう。
この人、目が怖い。
逆らえないような気がして、時の番人さまの家でやったように、両手をあげてゆっくりくるりと回る。
女の子の服が好きな魔導師さんは、床に両ひざをついて目をキラキラ光らせていた。
「おお、おおっ、なんとも素晴らしい防護方陣ですねえ、魔法と物理を一つの方陣で反射するなんて、ああ、なんてことだ素晴らしい、ああ、こちらには外見認識の阻害と改変も入っておりますね、ん、なるほど二つの方陣で干渉しあって維持するのですね、あとは、あーっここに、このポケットに物質の転送まで組み込んでいる、なんとも緻密に隙間なく詰め込んだものです、ああ、これはこれは、一流の魔法道具職人の技術と一流の魔導師の知識提供でここまでのものができるのですね、まさに芸術作品です、本当に良いものを見させていただきました、眼福です、やはりこの依頼を受けて正解でした、感無量です」
……この人、女の子の服が好きな魔導師さん、なんだよね?
「ああそうだ、お嬢さん、外に出る時はショールをお忘れなく、方陣の発動に必要ですからね」
良い笑顔で言って、鼻歌を歌いそうな様子で宿のカウンターへ向かう魔導師さん。
残された町長さんとわたしは、どうしたら良いのか分からなくて立ち尽くすばかり。
よく分からないけれど、父の娘という理由でわたしを憎んでいるとか、そういうことはなさそうかな。
父さんの兄弟子だとしても、なんだか納得いかない気がするけど。
普通はもう少し、親が憎けりゃ仔も憎いってならないかな。
それはそうとして、魔導師さんに聞いたら教えてくれるかな。
ぼうごほうじん、ってなんですか?
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