70 / 105
余聞 魔導師〝麗艶クラァサ〟の思慕
しおりを挟むこれまでに縁があった訳でもない魔導師からの連絡に、思わず眉を寄せてしまう。
水盆に映るのは、人形のように整っていながら、中身はいつまでたっても子供のままの魔導師。
「なんの御用かしら、風の子」
「麗艶クラァサ、あんたに頼みがあるんだけどサ」
「とても、人にものを頼む態度には、見えないわねぇ」
個人的に好まない相手への返答なのだから、雑にもなろうと言うものよね。
「ムイミステルの番をなんとかしテ」
「……なんですって、聞き間違えていなければ、ツョヴィェクさまに番ができたと言ったの?」
「そう言ったんだヨ」
驟雨のようにもたらされた情報が、あまりにも受け入れがたくて、呼吸すら忘れてしまう。
ツョヴィェクさまが、番を決めた。
そんな、そんなことが。
「ねえ、早くしないと間に合わなくなるんだヨ」
「風の子、あなた、自分の恩人の番をどうする気なの」
声が剣呑さをおびていることを知りながら、止められないわ。
止めてはいけない。
「捕まえてくるから、どっかの海にでも放ってきてほしいの、いらないかラ」
「……」
この子、自分の思考回路が精霊に近いからこそ、問題行動を起こしても見逃されているのだと、いまだに気がついていないのかしら。
それにしても、どうしてツョヴィェクさまの弟子は、みんな元師匠を狂ったように信仰するのかしらね。
独り立ちしたら、元師匠のご機嫌伺いなんて普通はしないものよ。
風の子がツョヴィェクさまに狂うさまは〝渇仰ファナティズムス〟と良い勝負だと思っていたけれど、あの狂信者は決して元師匠の意に沿わない動きはしないものね。
……関わるべきではないわね。
今回のこれは、やりすぎよ。
ツョヴィェクさまはどうなさるおつもりかしら。
もう二十年はお姿を見ていない。
公式の場にも姿をお見せにならない。
恋焦がれていたわ。
捧げることで愛してもらえるのなら、何もかもを差し出しても構わなかった。
ツョヴィェクさまの魔瞳は、いつも世界を見ていた。
決して特定の個人に向けられないからこそ、安堵していられたのに。
傷心を抱いていても、恋焦がれてきたあの御方が幸せになれるのなら。
喜んで見送ってさしあげなくては。
哀れな風の子。
あなたは求めるばかりで、与えることを知らないのね。
命を失う直前で精霊の力が暴れて変容してしまったとはいえ、この身に海の乙女の血を引くからこそ、分かることがあるのよ。
ツョヴィェクさまの身に流れる血は、一生に唯一を求めるたぐいのもの。
本人が決めた相手以外、誰も受け入れられることはない。
一度きりの相手を決めたら、命懸けで守ろうとなさるはず。
邪魔など、考えるだけでも恐ろしい。
長く生きられたことで、普段は温厚なふりをなさっていても、ツョヴィェクさまの本質は番人。
敵だと認定されたら、のどぶえに食らいつかれるわよ。
運命の出会いがこの世に存在すればよいのに。
なんてうらやましいの。
唯一の恋人、真実の愛、そんなものを求めて命を捨てる海の乙女の血が憎い。
全ての可能性がついえたことを知ってしまったのに、ツョヴィェクさまのお側ではべりたいと、我が身が叫ぶ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
78
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる