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79 ネラの素質
しおりを挟むざわり、と空気が揺れた。
「ズトラツィム、下がって」
うなずいて、母さんと一緒に下がった。
「どうして、どうしてボクじゃないノッ」
ごうごうと風が吠える。
学校の敷地内に吹きこんだ風が、渦を巻く。
なぜだろう、怖くない。
子供がかんしゃくを起こして、泣きわめいているように見えてしまうからかもしれない。
目の前で吹き荒れる風が見えているのに、心に恐怖を感じない。
小さくため息をついたクラスニーが、これまでで一番、冷たい声で吐き捨てた。
「汝、我が敵となるか」
「エ……」
なにを言われているのか理解できない。
そうとしか見えない表情で、ずるずるの服を風になびかせて宙に浮いたまま、風の子ニクさんはクラスニーを見ていた。
この世の終わりが来た、そんな表情で。
「去るか討たれるか、この場にて決めよ」
まるで別人のようなクラスニーの姿を見ても、わたしは怖くない。
物語の中の大魔導師さまは、世界を滅ぼそうとする敵に、ひどく腹を立てたからこそ星を降らせたのだから。
世界に害をなす者は、クラスニーの敵なのだ。
でも、この場合は、わたしが口を挟んで良いと思うの。
だって風の子ニクさんは、世界の敵ではない。
夫の暴走を止めるのは、妻の役目よ。
妻だって、きゃー、恥ずかしいっ。
「ツョヴィェク、待って」
わたしを止めようとする手をよけて、涙で顔をぐしゃぐしゃにしている風の子ニクさんに歩み寄る。
大丈夫。
今日もわたしはクラスニーが用意してくれた服を着ている。
いつもよりもさらにおしゃれな、フリルとレースの素敵なワンピースにふわふわのボレロよ。
すてきな勝負服ね、って母さんにほめられたの。
魔法道具だから、女の戦闘服としても最強よ!
きっとね。
「まずは、お友達からよ!」
「???」
こいつ、なに言ってんの? という顔で見られた。
ふん、平気だもんね。
「わたしのツョヴィェクはあなたに渡せない、絶対にだめ。 だからわたしと友達になりましょう?」
「ともだチ?」
「そう、友達よ」
クラスニーから聞いた。
風の子ニクさんは、寂しがり屋だって。
とっても寂しがり屋なのに、他人といるのが苦手。
片親の精霊の血が濃くて、風の子ニクさんの意思ではどうしようもないって。
魔力が多くて、力を制御することが苦手。
近づくと危ない。
そう思われてることと、幼い子供のようなふるまいで遠巻きにされている。
だから、風の子ニクさんを恐れないクラスニーに、くっつこうとする。
近くにいられる相手だから。
でもそれが理由なら、わたしだって風の子ニクさんの側にいられる。
それがわたしの魔導師としての素質。
父から受け継いだ、魔力もちの名前の意味。
ズトラツィム。
それは、負けたくないと願うこと。
魔法、呪法へ抵抗する意思。
父さんが二十年以上、呪いに負けずに耐えられた理由。
わたしに受け継がれたものは、そういうもの。
わたしは、だだをこねる風の子ニクさんに抵抗できる。
……クラスニーが魔力を与えてくれたら、だけど。
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