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95 ゆるやかに

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 魔都最大の聖堂で、わたしはクラスニーと婚姻の儀式を行う。
 簡単に言うと、おひろめが目的。

 大魔導師の妻の顔を広く知らしめて、手を出すなよという牽制と威嚇らしい。
 これはクラァサさんの意見だから、正しいのかは自信がない。

 わたしは魔導師見習いの基礎知識は学んだけれど、魔導師ではない。
 魔導師になるには、まだまだ勉強が足りない。
 魔力も。

 わたしはどこにでもいる女の子だ。

 人並外れた美貌も持っていないし、物語の聖女さまのように清く正しい心も持っていない。
 美味しいものはお腹いっぱい食べたい。
 勉強はさぼりたい。
 家事の腕は、母さんに教わった手伝い程度。
 料理、作る方はだめだった。

 どこにでもいる、目立つことのない女の子でしかないわたしを、クラスニーが選んでくれた理由は、何度聞いても理解できなかった。
 ただ、どうしてもわたしだった、ということは理解した。

 クラスニーが私を選んだ。
 わたしがクラスニーを望んだ。
 結局はそこにたどり着く。 

 クラスニーは文字通りに時の番人であり、なにもかも崩壊寸前だった世界の修復を長い間、見守っている。
 他の人に代わることができない重責を抱えてずっと、一人で生きてきた。

 何人も弟子を迎えても、大勢に先生と呼ばれても。
 孤独は癒やされなかった。

 昨夜、世界の秘密を教えてもらった。
 クラスニーほどではないけれど、わたしも長く生きることになるだろう。

 わたしの世界を、丸ごとひっくり返してくれたクラスニー。
 これから先、わたしは彼の仕事を見守り、彼と共に生きて、クラスニーがこれからも生きていこうと思える理由になるのだ。

 長い孤独の果てに、私を見つけてくれた。
 心の底から幸せそうな、溶けるような笑顔で「出会えて良かった」と言われて、嬉しくならない女がいるなら見てみたい。

 愛しいクラスニー。
 生涯に一度きりの伴侶を求めるコヨーテ獣人の血を少しだけ引いていて、世界を外側から守っている時渡りの精霊の子。
 魔力そのものが凝縮された魔瞳を持ち、人の目には化け物にしか見えない。

 生まれる前から、世界の内側から世界に開けられた穴をふさぐことを、生涯の仕事として定められている人。
 そんな彼の横にいられることは、大きなプレッシャーであり、同時に喜びだ。

「ズトラツィム、きれいよ」
「ありがとう、母さん」

 今日は母さんだけでなく、兄夫婦と中等学校一年生を終えた弟も参列してくれた。
 姉は浮気を繰り返し、同じように浮気者の夫に絶縁される寸前だと言うけれど、母さんも兄も助ける気はないようだ。

 口説いてきた雇い主を、痛烈にふった母さんの毒舌は「顔で夫を選ぶからよ」と今日も絶好調だ。 

 兄嫁は気が弱い兄を支えてくれて、母さんにも言い返すけれど、傷つけるようなことは言わない優しくて強い人だ。
 母さんが言うには、冤罪組の娘さんだって。

 母さんは、少しずつ父さんがいない生活を受け入れて、立ち直っている途中。

 
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