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06 支援するは天才

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 小規模な魔術を、目視できない遠隔地に発動地点を指定して多重発動させる。

 スレクツはそれがどれほど難しいことなのかを、理解していない。
 理解できないのだ。
 陸に生きる者が、水の中では呼吸できないように。

 一般的な魔術兵は魔術具の遠見筒を使って、最前線の戦況を見ている。

 遠見筒から投影される情報を頼りに魔術を遠隔で発動した場合、精密さは期待できない。
 大体この辺りで魔術を発動、と指定するのが精一杯だ。

 動いている魔物に魔術を叩き込むことは不可能とまで言われてきた。
 不可能なはずのそれを易々と目の前で行う姿を見て、呆然としないわけがない。

 一見すると棒立ち。
 口頭詠唱も無しに魔術を飛ばすスレクツの姿は、天才というしかない。

 クフォーンテは兄弟子として、物心ついた頃から魔術漬けのスレクツが、天才と呼ばれるたびに、首を傾げているのを知っている。

 だからこそ、何もかも全てを相談されすぎて恋文の代筆までしてしまった、兄弟子は悟った。

 片思いを拗らせ過ぎて、オンフェルシュロッケン団長との間になにかあったのだ、と



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 日が沈み、戦場の野営地に夜が訪れる。
 スレクツはいつもと同じように、一人だけ離れた場所に天幕を張り、周囲に物理遮断、魔術遮断結界を張っていた。

 黒鉄クロガネ魔術兵士団内においても、黒い布で全身を覆ったスレクツは異端であり、黒布の周到な隠蔽魔術で意思疎通も成立しない。

 そもそも、他の兵士と会話をする必要を感じていないから、こんな格好をしている。
 天才ゆえに周囲から浮いているのが、スレクツ・イイン副団長だった。


 スレクツは詠唱魔術が苦手だ。

 他の兵士と一緒に詠唱魔術を構築することに向かない。
 覚えている魔術を一人で詠唱するならともかく、数人で息を合わせての同時合同詠唱が成功したことがない。

 周囲に迷惑をかけたくない。
 知らない人に近づきたくない。
 内向的な性格も影響して、一人で戦場を見通しながら、適当に手を出している現状が、一番うまく回っていた。

 天幕内で、持ってきた保存食を口に放りこんで夕食を終え。
 体は魔術で清めて。
 あとは寝るだけとなったものの、今夜も眠れそうにない。

 頭の奥が重たい、とスレクツは慣れてきてしまった疲労に憂鬱になる。

 少し悩んでから、師匠である団長や兄弟子の副団長が訪れて、天幕に近付いたら伝わるように細工をして、近距離転移をした。

 宙に浮かせた視点で距離を測り、赤銅アカガネ兵士団の野営地に跳んでから。
 オンフェルシュロッケン団長の元を訪れる約束をしてない、と気がついた。

 
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