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08 恋に落ちて
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しおりを挟む成人年齢である十二歳になった六年前、スレクツは新兵として初陣に赴いた。
覚悟を決めたつもりだった。
けれど、本物の戦場はスレクツの覚悟を、嘲笑った。
本物の死を見て、嗅いで、触れて、聞いて、感じた。
戦場に満ちた悪意を、敵意を、戦意を、殺意を感じた。
初めて触れたものに怯え、恐怖し、スレクツは深夜になってから、野営中の天幕を抜けだした。
見つけた木立の陰で限界を迎え、詰め込んだ夕食をもどして、泣いて泣いて、兵士になったことを後悔した。
育ててくれた師匠への恩を返したいと思っていたけれど、そんな気持ちでは戦場で生きていけないと知った。
あまりにも甘い心算で兵士になったから、罰が当たったのだと思った。
そんな時だ。
「誰かいるのか、どうした、具合が悪いのか、触れるぞ?」
しゃくりあげているスレクツの背中に、聞いたことのない低い声がかけられ、兵服越しでも温かくて大きな手が添えられた。
養父の手よりも大きくて、力強くて硬い感触に怯えたスレクツに、再び声がかけられる。
「新兵か? 生き残っただけで上等だ、好きなだけ泣けば良い、全て吐けば楽になる」
その日は、今にも雨が降りだしそうな分厚い雲が敷き詰められた闇夜だった。
魔術の目で見ているスレクツならばともかく、夜目が効く獣人種でも見えないほど、暗くて重たい闇が垂れ込めていた。
暗闇に乗じて何をされてもおかしくないのに、背中に添えられた硬い手は、スレクツの背を撫でるだけだった。
温かい手で背中をさすられている内に、反射的な嘔吐反応はおさまった。
荒く息を吐きながら、汚れた口元を拭ったスレクツは、ようやく口を開くことができた。
誰もいないと思って顔を隠していなかったので、振り返ることができない。
「……あの、貴方は?」
「ただの眠れなかった兵士だ、君と同じだろう?」
見ることに光源を必要としないスレクツの脳裏には、暗闇で瞳を光らせている、たくましい体格の獣人種らしき男性の姿が映しだされていた。
これまで獣人種と接点がなかったので、どんな表情をしているのか判断がつかなかった。
表情は分からなくても、声にこもる優しさは伝わってくる。
兵服の襟元につけられている階級章の形は副団長。
スレクツは色彩を認識できない。
色だけでなく、兵服の形状も兵士団によって違う。
けれど、この頃のスレクツは、服の形の違いまで覚えていなかった。
脳裏に描かれる光景はいつも白黒で、人の顔は穴が空いたゆがんだ丸でしかないのだから。
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