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10 攻守交代
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しおりを挟むオンフェルシュロッケンは、静かにスレクツを抱きしめ続けた。
隠蔽魔術で感情の判断材料になる匂いが分からないので、泣いていることは分かっても、スレクツが悲しんでいるのか、喜んでいるのか分からない。
「 」
オンフェルシュロッケンでなければ聞こえない、か細く震える微かな声には、確かな喜色がにじんでいた。
小さな子供をあやしているような気分になりながら、しかし、腕の中の細い体が甘えてくる様子は、弟妹からの信頼とは違い、わずかに甘える色を含んでいる気もする。
これまで恋愛する時間も、機会もなかったオンフェルシュロッケンだが、(この無垢な恋情を向けられとうのを失いたぐねえ)と思ってしまった。
これから先も、ずっとスレクツを腕の中にと願ったことで。
オンフェルシュロッケンの、獣として番を求める本能に火が付いた。
獣人種の嫁乞いは苛烈だと、凡人種のスレクツは知らないまま、攻守が交代する。
交代してしまった。
片恋歴は長くても恋愛ごとに無知なスレクツが幸せに浸っている間に、オンフェルシュロッケンの中では、嫁を迎え入れる心算が着々と進む。
言葉にして言わなくても、番を誘惑する行動、発情臭で獣人種は気がつくが……。
不意に、静かに抱きしめられていたスレクツが、勢いよく顔を上げた。
「 」
「それなら急いで戻った方が良い」
腕の中から逃げようとするスレクツの、細すぎる腰に回した手に力を入れ、最後に強く抱き寄せたオンフェルシュロッケンは、布の奥に隠された顔の位置を探った。
そして、確証を持って布の襞へ長い鼻先を突っ込む。
鼻先で布をよけて、柔らかい温もりをペロリとひと舐めした。
「 」
「早く行った方が良いぞ」
オンフェルシュロッケンは、うまく驚かせた、と満足げに口元を歪め(おらが獣人らの嫁乞いにこのおぼこいスルが驚かんとええがなぁ)と細い体を解放した。
「 」
声にならない動揺ぶりを最後に、天幕の中から黒い布の塊が消える。
(何度見ても、魔術による瞬間的な転移はすんげえ)と感心しつつ、舌が捉えたスレクツの感情を、匂いを堪能する。
若者らしい体臭だが、嗅ぎ慣れない何かが含まれていた。
おそらく押し倒された時の恐怖の匂い、そして……喜びと興奮と不安。
(あの黒い布の奥にたくさん隠しすぎだや)と鼻先を舐めながら、いつかあの邪魔な布をはぎとって、全てを手に入れてやろうと、心に決めた雄。
求愛相手を決めた雄の獣人種からは(ほぼ)逃げられない、とスレクツが知るのは、まだまだ当分先の話になる。
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