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11 養い親と養い子
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しおりを挟む「イイン副団長、いないのかね?」
「 」
スレクツは自分の天幕内に転移して、外から声をかけてきている黒鉄魔術兵士団の団長へ返事をした。
隠蔽の黒布を被ったままでは声が聞こえていないことを、すっかり忘れたまま、声の震えに気がつかれないように、必死で声を張った。
「イイン副団長、寝ているのか?」
「あ! いいえ、あの、集中してっ、視点を飛ばしておりましたっ、いらっしゃいませっ」
再び呼びかけられたことで、ようやく布をかぶりっぱなしだったと気がついて、頭部の布を剥ぎ取り、天幕の入り口を開いて団長を招き入れた。
団長に折り畳みの椅子をすすめて、いそいそとお茶の用意を始める。
「こんな時間まで仕事をするなんて、スル、少しでも眠れているのかね?」
「眠るのは無理ですが、体は休めておりますよ」
団長は一点物の義眼に構造上の欠陥があり、スレクツが眠れなくなっていることを知らされている。
心配からの問いに素直に答えると、団長の中性的に整った顔立ちが歪んで険しくなった。
黒ずんだ隈がくっきりと浮いているスレクツの目元を見上げながら、弟子が倒れるのではないかと考えていることを隠さない。
「……工房主を急かすことにしようかねえ」
「それはおやめください!」
最悪の場合、これまでに使っていた義眼を使えば良い。
新調することになり、魔力充填の核も抜いてしまったけれど、再び組み込めば使える。
新しい核を購入する費用が家一軒程度、かかるけれど。
若い職人が良かれと思った行為が原因で困っていても、それが故意ではないとスレクツは理解している。
体調を崩している師匠に、特注品の義眼の最終調整を頼まれ、工程を確認したから、抜けに気がついた。
その先を間違えたのは、一人前だと思われたい見栄と、師匠を心配したがゆえの判断が原因だけれど。
スレクツの感覚では、職人の矜持ゆえの失敗でもあると思っている。
スレクツは兵士の仕事にそこまでの誇りを持てない。
オンフェルシュロッケン団長を守りたいだけだ。
「私は大丈夫です」
「そうかね、それで倒れでもしたらどうする?
迷惑を被るのは前線で戦う兵士達なんだよ、どう責任を取るつもりだい?」
黒鉄魔術兵士団の団長であり、スレクツの師匠にして養母は、何歳になっても中性的で優しげな見た目だが、その内面は決して甘くない。
貴族階級の出身だからこそ、義務と責任と権利について厳しい視点を持っている。
そして、批判的で皮肉屋だ。
けれど傲慢ではないし、高圧的なだけでもない。
口は悪いけれど、言えば分かってくれる人だ。
だから、母として師匠として慕うことができる。
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