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21 天幕の外で

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 うんうん、とうなずいてから、スレクツは嬉しそうに言った。

「閣下はすごい方なのですね!
 高位階の隠蔽魔術を身体能力で看破されるなんて」

 顔が見えていなくても嬉しそうな声だと分かった。
 天才魔術師が、魔術を破られて喜んでいる、というのはおかしな気がするけれど。
 心底そう思っているように聞こえた。

 自分を褒められているかのように弾む声を聞いて、アクデムは安堵した。

 その声が、団長に告白してきた人物のものだったから。
 声量がなくて細いけれど、若い女性の声に聞こえたから。

 兵士寮の食堂で黒い布をかぶって食事をしていた時は、ほとんど身動きをしていなかったように見えた。
 それすらも〝こういかいのいんぺい魔術〟とかいうものなのか。

 魔術のことなどなにも分からないなりに、アクデムは安堵した。

 団長が騙されてなくて、よかった。
 本当に、よかった。

 実を言うと、オンフェルシュロッケン団長が怪しげな人物に騙されているのではないか、と気が気ではなかったのだ。

 血が濃い獣人種の雄の中でも、ツガイを作る種は面倒なヘキを持っていることがある。

 番の前で別人のようにでれでれになると言うのは、とても有名な話だ。
 老若を問わず、番に近付く雄に狭量だというのも。

 けれど、スレクツは凡人種の女性だ。
 女性だと、アクデムはやっと確信を持てた。

 黒い布を頭からかぶった姿からは、何を考えているかが全く分からなかったし、獣人種の常識を知っているかを聞く機会もなかった。
 遊びのつもりだろうか、と常に疑念がつきまとっていた。

 今、アクデムの目の前にいるスレクツは、頭から赤銅色の兵服をすっぽりとかぶって上半身を隠している。
 オンフェルシュロッケンの匂いを纏うことを拒否していない姿を見た。

 心の底から安心できた。
 よかった、本気だ、と獣人らしい思考の仕方で納得できた。



 その後、スレクツが兵服の下でスープをすすり、具を咀嚼する音が聞こえてきたことで、アクデムは〝こういかいないんぺい魔術〟とやらの凄さを知った。

 食堂で食事をしていた〝千里眼の魔術師〟からは、音も匂いも何もしなかった。
 目の前で動いているのに、生き物なのかを疑うほどに。

 しかし今、兵服で上半身をすっぽりと隠しながら、器用にスープを味わっている女性は、不躾でない程度の音を立てながら暖かい食事をとり、体温を上げて呼吸を乱し、幸せそうにほう、と息をついた。

 本人の体臭はオンフェルシュロッケンの兵服で紛れているが、今なら目の前の魔術師を生き物なのか疑うことはないだろう。

 
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