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22 惜別
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しおりを挟むスレクツは倉庫用天幕の片隅を借りて、着替えを終えていた。
オンフェルシュロッケン団長の上着はアクデムへ渡してあるが、肌着は替えがないのでそのまま着ている。
スレクツの黒鉄魔術兵士団の兵服は、(オンフェルシュロッケンの意見として、他の雄の不愉快な匂いがして)汚れていると洗濯に出された。
洗われていなかったら、そのまま返してもらうつもりだったのに、すでに洗われた後だという。
視点を飛ばして見てみると、洗濯用の竿にかけられた小さな兵服が、大きい兵服の中で一つだけ目立っている。
色は見えなくても、大人の服の中に一つだけ混ざった子供服そっくりで。
スレクツは自分の服だと受け入れるしかなかった。
体格の優れた捕食系獣人種向けの兵服を着たスレクツの姿は、子供が大人の服を着ているようにしか見えなかった。
ひときわ大きなオンフェルシュロッケン団長の肌着が、スレクツの太ももの半ばまでくることを思えば、服として着られるだけで十分だろう。
「……仕方ないね、自室に転移して着替えなさい。
わたしが向かうまで誰も通さないこと、良いね?」
「はい」
「オンフェルシュロッケン団長には挨拶を済ませてあるから、このまま今すぐ戻りなさい」
「はい」
個人規模であっても、転移魔術は使用位階が高い。
魔術兵士団の団長と副団長だからこそ、魔術具の補助なしに国の端から帝都まで戻れるが、転移先を選べるのは到着する場所を視点で確認できるスレクツしかいない。
アレス団長は、帝都の軍務棟に設置されている固定転移魔術陣に飛び、そこからスレクツの部屋に足で向かうしかない。
育て親に「自分が行くまで自室から出ないこと!」と小さい頃にされたような注意を受け、スレクツは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
また、アレス団長に迷惑をかけてしまった、と。
アレス団長がスレクツを探して、最前線にまで来た理由は不明。
わざわざ団長が動く理由があったはずだ。
養い親だから、なんて理由で動くほど団長は暇ではない。
副団長から平兵士に落とされて、この先何十年も給料から城の修理費を弁償して、あとはなんらかの奉仕活動で始末がつくだろうか?、と不安になる。
他国へ売られたのが本当なら、それすらできないかもしれない。
オンフェルシュロッケン団長に別れの挨拶をしたかった。
転移の前に、最後に、もう一度だけでいいから抱きしめて欲しかった。
ため息をついて、スレクツは自室へ飛んだ。
肩を落とすスレクツの姿が消えるその時まで、血の涙を流しそうな形相で、物陰から見ているオンフェルシュロッケンがいて。
それに気がついてしまったアクデムは、帝都に戻りたい、と愛妻に子供たちの姿を幻視してしまうのだった。
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