千里眼の魔術師は赤銅の色を知らない

くろいひつじ

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28 心機一転、戦場

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 五日間の休暇が明けたスレクツに、再び前線へ出向する指示が出された。

 アレス団長としては、もうしばらく荒事から離れていて欲しかった。
 だが、前線を薄く広く援護していたスレクツの不在が続けば、魔物との戦闘で傷つく兵士が多く出てしまう。

「治療も前線もジリ貧です! 一日数時間でも良いからスル呼んでください! お願いします~っ!」

 一足先に前線に戻って孤軍奮闘している、弟子で副団長のクフォーンテに泣かれては、アレスの個人的な感情を優先するわけにはいかなかった。

 スレクツは、アレスが頼んだことをほとんどなんでも無条件で受け入れる傾向がある。

 血は繋がっていなくても育ててくれた母親が、非道な行いをさせるわけがない。

 そんな信頼からの行為だが、アレスとしてはもう少し周囲の悪意を疑って欲しい気持ちにもなる。
 嬉しいのは間違いないので、言えないけれど。



   ▼



 時は夕刻。
 魔物達が森へ姿を消し、騒々しかった最前線が静かになっていく時間だ。

 普段と同じように、黒い布で頭からつま先までを覆った姿で、スレクツは魔術兵の慌ただしく働く天幕内にいた。

 他の魔術兵たちは、遠見の魔術具を使用して戦場の後処理をしていたり、最前線の野営地で魔術医が使用する治療用魔術具への魔力充填に忙しくしている。

 そんな中、天幕中央の卓の前を陣取り。
 一人で立ち尽くしているスレクツの姿は、そこだけ隔離されているようだった。

 実際にこの場にいる魔術兵士たちのほぼ全員が、スレクツの周囲に渦巻く、寒気がするほどの量の魔力に畏怖を覚えていた。


 スレクツが再び戦場を訪れたこの日。

 これまで、魔術兵が集まる場に長居することの無かったスレクツが、大勢の兵士が出入りする大天幕に居座った。

 平の兵士であった頃も近づくことは少なかったが、副団長になってからは姿すら見せなくなっていた。
 そんなスレクツが姿を見せたので、珍しい、と同僚らの視線が集まる。


 黒鉄クロガネ魔術兵士団に所属するほとんどの兵にとって、スレクツ・イイン副団長は、なにをしているのか、なんのためにいるのか不明な副団長だった。

 兵士たちを指導するでも、引率するでもなく、いつも一人でどこかに姿を消す。
 働いている姿を見たことがない。

 クフォーンテ副団長が「あれは天才だ」とか「近づかない方が良い」なんて言うのを聞いても、自分の目で見なくては納得できない。
 年齢も性別も不詳の黒布が、フラフラ動く姿は不気味で、本当にあれがうちの副団長? と大勢が思っていた。

 近づくなと言われなくても近づきたくない、それがスレクツ・イイン副団長だった。
 それが、たった半日の大天幕への滞在で、印象がひっくり返された。

 
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