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葬儀屋

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 徹底的な規則正しさ。それがワイズ町の町並みの特徴だ。どの建物も、まるで同じ設計図を使って建てたかのように、似たりよったりの顔をさらしている。すべての建物が二階建てで、白塗りの壁と黒い屋根と丸い窓とを備えている。そんな画一的な建物が、完全な等間隔で整然と並んでいる。
 整いすぎた町並みが醸し出すのは、猛烈な居心地の悪さだ。

 そんな閉塞感に満ちた環境にあって、赤い塗料で「オルゲイ葬儀屋」と書きなぐられた大きな看板は、バードックの目には一服の清涼剤と映った。
 お世辞にも達筆とは言えない荒々しい筆致は、「人間らしさ」の息吹をほとばしらせている。

 葬儀屋の事務所の入口は鍵がかかっていた。窓からのぞき込んでみたが、中には誰もいないようだ。
 高い槌音に誘われ、バードックは事務所の裏へ回ってみた。

 倉庫のような大きな建物があり、入口を開け放ったそのスペースで、五十代の小太りの女がハンマーをふるっているところだった。作業の邪魔にならないようにという配慮か、灰色のスカーフで髪をすっぽり包んでしまっている。ワイズ町の大半の女と同様、顔に化粧っけはなく、着ているのも無地の作業着だ。腕を振るたびに、女の胸元で薔薇の造花が揺れる。

 女はバードックの姿をみとめると、肌の荒れた赤ら顔に親しげな笑みを浮かべた。

「ああ、あんたか。麦の収穫の時には世話になったね。……生前予約かい? 安くしとくよ♡」

 熟練した職人の顔つきに変わり、目分量でバードックの身長をざっと測るそぶりを見せる。
 女が制作しているのは白木の棺だった。

 バードックはあわてて否定した。

「……いや、予約しに来たわけじゃない。当分死ぬ予定はねーから」

「予定立てて死ぬやつなんかいないさ。早めに予約しておいた方がお得だよ? こないだみたいに急に大勢死んだりしたら、棺が間に合わないこともあるしね。今はまだ気温が高いから、埋葬が一日遅れるごとに、すごい勢いで腐敗が進む。あんただっていやだろ、腐るの? ぱっと見、皮は元のままなのに中身だけぐちょぐちょになっちまって、ちょっと突いたら皮膚の破れ目からじゅわああっと出てくんだよ。どす黒い液体が。それがまた気絶するほど臭くてねー……」

 女の口調は屈託がなかった。生々しい描写も、葬儀屋にとってみれば普通のセールストークなのかもしれない。

 倉庫の床には完成した棺が一つ置かれている。白く滑らかな表面、寸分の狂いもない接合。くっきりしたラインは、良質な工芸品の美しさをたたえている。
 辺りには新木のさわやかな香りが漂っていた。

「こないだ、町の男たちが殺された時も……あんたが全部葬儀をやったの?」

 バードックの質問に、女は快活にうなずいた。その間も作業は止まらない。手袋をはめた手が迷いなく動き、板と板とを継ぎ合わせる木製のダボを打ち込んでいく。

「ああ。町の葬儀屋はあたし一人だからね」

「棺桶は間に合ったわけ? けっこうな人数だっただろ?」

「大丈夫。あらかじめ作りおきしてあったのさ♡」

 葬儀屋はにやりと笑った。

「あたしもこの町に落ち着くまでは、あちこちのフロンティアを渡り歩いてきたからね。ゴライアスの連中のやり口は知ってるんだ。やつらがこの町に目をつけたと聞いて、ぴーんときたのさ。もうすぐ棺がたくさん入用になるな、って。案の定だったよ。四十二個の棺だ……あらかじめ準備してなきゃ、とても間に合わないところだった」

「死体はどんな感じだった? 眉間を一発で撃ち抜かれてたって聞いたけど」

「その通りさ。見事なもんだったね。よっぽど腕の立つガンマンのしわざだよ、あれは」

 相手の言葉に、バードックは眉をひそめずにいられなかった。

「四十二人……全員? 一人ぐらい変わった死に方の男はいなかったの? 背中から撃たれてた、とかさ」

「いや。全員、同じだった。眉間を撃たれて死んでいたよ」

 葬儀屋の返事にためらいはなかった。見たままの事実を告げる正直者の態度だった。バードックは腕組みをした。

「逃げようとしたり、争ったりはしなかったわけだ。犯人と真正面から向かい合った状態で撃たれた……」

「そうみたいだね。犯人が銃で脅して、自分の撃ちやすいように立たせたとか、そういうことじゃないの? あたしにはわからないけどさ」

 葬儀屋は肉の厚い肩をすくめてみせた。ハンマーを傍らの作業台に置き、今度はのこぎりを手に取って、ダボのはみ出した部分を切り落としにかかった。切断される材木の断末魔にも似た苦鳴が倉庫内に響いた。

 バードックは、切り離された木片がぱさりと床に落ちるまで待ってから、口を開いた。

「あのさー。怒らないで聞いてほしいんだけど。……事件の前、この町では、男と女はうまくやれてたの? もめごとがあったんじゃない? 話を聞く限りじゃ、ここでは男は相当居心地悪かっただろうと思うんだけど」

 女はまったく気分を害した様子はなかった。大柄な体を揺すって豪快に笑った。

「ああ。居心地は悪かっただろうねえ。薔薇教はもともと女のための教えだからね。
 ……薔薇教に入信する男はだいたい三種類に分かれる。親が薔薇教だったので、子供の頃から薔薇教のコミュニティで育ち、それが当たり前だと信じているやつ。文明の行方を真剣に心配し、抜本的な意識改革が必要だと感じて入信した、まじめな信者。あとは、あまり働かずに楽して一生を送りたいと思ってるクズどもさ。
 薔薇教に入れば、男にはまともな仕事は与えられない。たまに言われるままに単純労働をするだけで、あとはぼんやりしてても女に食わせてもらえる。……怠け者にとっちゃ悪くない選択肢だ」

 鋸が、ぎいっ、ぎいっと摩擦音を立てながら二本目のダボの端を切断していく。

「この町じゃ、ちょっとばかり多すぎたのさ。その、三番目の連中が。最近どこの薔薇教のコミュニティでもそうらしいんだけどね。……ミモザ教母は特に教えに厳しい人だから。うちの町の女尊男卑は徹底してた。それに不満を持ってた男もいたみたいだね」
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