USELESS 喋る猫と不殺の保安官

九条寓碩

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馬面

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 バードック・ヘロッドの体のうち“自前”のパーツは脳とその周辺組織だけで、あとはすべてが機械だった。古代地球のレムナント・テクノロジーを総動員して《中央》の秘密機関が極秘裏に開発した、最高の強度と機能性を誇る機械体だ。
 彼の機械部分は、猛火にさらされても、まったくダメージを受けていなかった。
 脳も、高性能の耐熱・耐衝撃容器に格納されているおかげで無事だった。

 唯一の問題は、彼の機械体を覆っていた生体皮殻が、燃えてなくなってしまったことだ。生体皮殻がないと機械体がむき出しになってしまうので、普通の人間のふりをすることができない。そして、サイボーグはその存在自体が軍事機密なので、機械体を民間人に目撃されるのはまずい。

 というわけで、替えの生体皮殻が《中央》から届くまでの間、バードックは基地の宿舎の自室から外へ出ないよう命令された。



 定期連絡便ですでに本部(惑星の衛星軌道上で待機している連邦軍の巨大戦艦)へ送られたアデリン・レイズウィッシュも、記憶操作処置を受けて、バードックの本体を目撃した時の記憶を消されることになる。



 バードックのカード仲間である太った伍長が部屋を訪ねてきた。表向き連絡事項の伝達ということになっているが、実際には油を売るためだ。

「ミモザ・ルーベンスって女がおまえを訪ねてきたぜ。あれ……町長だよな、ワイズ町の?」

 伍長が巨体を椅子に沈めると、椅子が哀れな悲鳴をあげた。

「で、おまえに伝言だ。『あの夜、私もアデリンと一緒に男たちの家を回りました。私はアデリンの行為の一部始終を見ていましたし、私が一緒にいたおかげでアデリンは目的を果たしやすかったと思います。私も共犯者として逮捕してください』だと」

「……」

 バードックはトムを腹の上に乗せて寝台に横たわり、ふだんは人工眼球で隠してあるが今はむき出しになっている光学センサーで天井を見上げながら、メモを読み上げる伍長の声をぼんやりと聞いていた。

「――うちの隊長が、なんだったらおまえの代わりにルーベンスの身柄を確保しに行くって言ってるぜ、へロッド。おまえが要請書を出してくれりゃ」

「あー……そう言われてもなー……あの人を拘束する理由がねぇのよ。ここには犯罪なんてものはないんだから」

「だよな」

「まー……放っときゃいいんじゃね? あの人の中の神が、一生あの人を責め続けるだろう。あの人はずっと神に許しを乞い続けなきゃならない。神様ってのは、そういうことのためにいるんだろ、違うか?」

「俺にはわからん。神様は俺の専門外だ。――ああ、あと、ジェイ・レイズウィッシュという子供が何度かおまえに会いに来た。どうしても話したいことがあると言って」

「ジェイ、か……。一度会ってちゃんと話をしなきゃな。俺、会いに行ったらまずいかな」

「その格好でか!? まずいだろ、おっそろしく」

 伍長は肉のたっぷりついた胸を張り、自論を展開する口調になった。

「あんな年頃の女の子に、男の裸を見せるのはまだ早い。ましておまえは、裸よりさらにもう一枚脱いじまってる状態なんだから」

 バードックは吹き出した。

「うまいこと言うねー、伍長さん。ただ……センスがどうしようもなくオヤジ臭い」

「オヤジとか言うんじゃねえよ、くそっ。俺は知ってんだぞ、ヘロッド。おまえ、若い《皮》かぶってるだけで、本当は俺より年上なんだってな? いつも人を中年扱いしやがって……!」

 バードックの生体皮殻は、彼が最初に《プロジェクト》に参加した時の生体データを元に作られている。だから何年経っても外見年齢は二十歳のままだ。
 決して死なず老いない体を与えられた今、実年齢にはもはや何の意味もない。

 伍長は彼の腹の上からトムを抱き上げ、自分の膝の上に抱き取って、あやすような声をあげながら顎の下や耳の後ろを撫で始めた。トムは猫挙動プログラムに従い、目を細め、いかにも快適そうな鳴き声をたててそれに応えた。人間と《猫》との一見なごやかでくつろいだ時間が流れた。

「まあ、元気出せよ」

 猫を撫でながら、ことさらにさりげない態度で、伍長が言った。
 バードックは少し驚いた。

「こんな状態の俺が『元気がない』とわかるなんて、あんたの共感能力すさまじいねー」

「長いつき合いだからな。……俺は、おまえのやり方、好きだよ。果てしなくアホだなーとは思うが。けっこう好きだ」

「――ほめるかけなすか、どっちかにしてくれ」

「だから俺は、おまえが新しい生体皮殻を着るとき、いつでも手を貸してやる。……正直言うと、かなりキツいんだぜ。おまえの《皮》の内側見るの。いかにも剥がした生皮ですって感じだし、変な突起が一面にびっしり出てるし。あれ見たやつはたいてい三日ほど飯が喉を通らなくなる。だからみんな、おまえに《皮》を着る手伝いを頼まれるの嫌がってるんだ。……でも俺は、おまえを友達だと思うから、がんばって我慢してやる。吐き気をこらえるぐらい、なんでもないぜ!」

「――励ますか落ち込ませるか、どっちかにしてくれよ、伍長」

 バードックは呻き、頭を抱えた。
 そのときドアにノックの音が響いた。伍長はあわてて猫を放し、立ち上がって、姿勢を整えた。

「ヘロッド保安官。連邦中央捜査局のコムロミー保安官がお見えです」

 伝令の兵士の声がするのとドアが開けられるのはほぼ同時だった。兵士に案内され、長身の男が入ってきた。
 おそろしく顔の長い男だ。幅と長さの比が一対二に近いのではないかと思われる顔に、両目がやや離れ気味に配置されているので、草食動物にしか見えない。年のころは三十ぐらい。厳重に施錠された巨大なスーツケースを、軽々と片手で持っていた。

「あんたが『ごくつぶし』か。俺は『馬面ホースフェイス』だ」

 きびきびとした口調で言って、コムロミー保安官は握手のため手を差し伸べてきた。
 バードックは寝台に体を起こした。

「あー、よろしく、『ホースフェイス』」

 握手する二人を、伍長は好奇心あふれる目で見比べた。

「前から不思議に思ってたんだが。連邦保安官のコードネームって、なんでどれも悪口ばかりなんだ?」

「さーなー。連邦中央捜査局うえは、保安官同士おれたちをあまり仲良くさせたくないんじゃねーの?」

 伍長が部屋を出て行くとすぐに、コムロミーは手にしていたスーツケースをバードックに手渡した。

「《中央》のRRIから、あんたの新しい生体皮殻を預かってきた。……あんたからの申請書には『三角形の耳と長い尻尾のついた三毛みけの毛皮』と書いてあったらしいが、入力ミスだよな? あんたの拡張端末の皮殻のことだよな、それ?」

「いや、入力ミスってわけじゃねーけど……まーいいや」

「生体皮殻は、ついでだ。俺はあんたに本局からの正式な通知と命令を持ってきた。これが通知だ」

 スーツケースを床に下ろしたバードックに、コムロミーからデータシートが手渡された。いかにもお役所の文書らしく飾り気のない細かい文字が並んでいる。
「――命令違反のかどで七パーセントの減俸に処す」
 ちらりと眺めただけでそれらの文言が目に飛び込んできたので、バードックは残りを読まずに、通知書を同僚の手に突き返した。

「いらね、これ。持って帰ってくれ」

「べつにかまわんが……俺にこれを返したって無駄だぞ? 同じ内容の通知がすでに、あんたへの俸給支払を代行している連邦軍第九十一大隊本部へも届いている」

 コムロミーの四角い顔は何の感情の変化も表さなかった。まじめくさった表情のままデータシートを最小化して上着のポケットに収めると、

「実を言うと俺は本局へは戻らない。あんたが新しい命令を遂行するためにここを離れたら、俺はあんたの後を引き継いで、この巡回登記団に同行する」

 そう言いながら、別のポケットから新たなデータシートを取り出した。
 バードックが命令書に視線を走らせている間、コムロミーはさっきまで伍長が座っていた連邦軍標準設備の椅子に腰を下ろした。椅子がさっきより盛大な抗議の呻きをあげた。

「『いかれ野郎マニアック』というコードネームを聞いたことないか?」

 コムロミーの声も表情もきわめて淡々としている。どちらが機械人間なのかわからないほどだ。バードックはデータシートから顔を上げ、相手の馬面を見やった。

「昔、ちらっと聞いたことあるなー。熱心すぎて頭の回路が一、二本焼け切れちまった保安官だろ? 宇宙海賊キャプテン・カズマを逮捕したいという執念にとりつかれ、本局のあらゆる命令を無視して、十年以上勝手に捜査を続けてるという……」

「ああ。その『いかれ野郎』が最近、とうとうキャプテン・カズマの居所をつかんだ。第百十七星区のスミルナと呼ばれてる惑星だ」

「すごいじゃん。執念が実ったわけか」

「――そして、死体で発見された。みつかった死体は二つだった。『いかれ野郎』とキャプテン・カズマ本人だ」

 コムロミーは初めて感情を表にあらわした。暗い目。威圧感のある低い声。時代と場所を問わず法執行官が同僚を殺した相手に共通して抱く、激しく深い怒りに満ちた様相だった。

「『いかれ野郎』はキャプテン・カズマの仲間に殺されたんだ。二人組の女らしい。町の人間に聞き込みをして、そいつらの情報が少しだが集まっている。……本局からあんたへの命令は、その二人を捕えることだ。言うまでもないが生死を問わない」

 バードックは鼻を鳴らし(厳密に言うと、彼は呼吸をしていないから実際に呼気を発したわけではない。それに相当する音声を出力しただけだ)、あらためてデータシートを眺めやった。犯人だと思われる二人組の女のフォトが表示されていた。意外と幼い。二人とも二十歳そこそこという感じだ。明らかに酒場と思われる酒瓶の列を背景に、赤毛の女とプラチナブロンドの女が肩を寄せ合い、脳天気に笑っている。

「保安官殺しなら、相手にとって不足はない。必ずしとめてやる。……だけどさー、なんでその任務を俺に? 確かにここからなら第百十七星区は近いが、別に俺じゃなくてもいいだろう。あんたがやったってよかったわけだし」

 コムロミーは唇をぎゅっと引き結んだ。その表情が彼をさらに馬らしく見せた。

「調査によると、その二人組は強化兵エラディケータである可能性が高い。ガニ充填剤の缶をひょいひょい放り投げてジャグリングをしていたという目撃証言もある。強化兵の二人組に対抗できるのはあんたぐらいのものだろう、という上の判断だ」

「なーるほどねっ。納得したよ」

 バードックは犯人たちのフォトを眺めた。
 保安官にとって同僚を殺した犯人を捕らえるのは至上命令だ――そこには何の疑問の余地もない。
 自分で正義の境界線を引く必要のない任務は気楽でいいよな、とバードックは肩をすくめた。
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