1 / 2
第1話 幸せな日々
しおりを挟む
「ただいま~」
僕は玄関に靴を乱雑に脱ぎ捨てると、大好きなお婆ちゃんの部屋へと向かう。
僕の名前は柳総介、市立滝沢中学校の2年生だ。
現在、訳有って部活動には所属していない。
僕の家はお爺ちゃん、柳総太郎が始めた大衆食堂紫苑を営んでいて、昼はおばさま達の井戸端会議の場として、夜はおじさん達の憩いの場として近所の人々から親しまれている。
お爺ちゃんは僕が生まれる前日に亡くなってしまったらしく、それからは、お父さんとお母さんが店を切り盛りする事になった。
その為、必然的に僕の面倒を見てくれたのはいつもお婆ちゃんだった。
一緒にお昼寝したり、散歩に出掛けたり……又、物心付いた頃からはおやつを作ったり、お料理を教えて貰ったりと何をするのもお婆ちゃんと一緒だった。
お陰で今ではすっかりお婆ちゃんっ子だ。
「お婆ちゃん、ただいま~」
僕はお婆ちゃんの部屋の襖を開け放ち、お婆ちゃんの傍に駆け寄る。
「おやおや、お帰り総ちゃん。今日も学校は楽しかったかい?」
僕が部屋に来たのを見とめると、布団に横になっていたお婆ちゃんは、上半身を起こして笑顔で迎え入れてくれる。
僕のお婆ちゃんの名前は柳静葉、3年前に癌が見つかり、半年前まで入院生活を余儀なくされていた。
2年半に渡り投薬、手術等さまざまな治療を行ってきたが、病状は一向に回復の兆しをみせる事無く、余命半年との宣告を受けてしまった。
余命宣告を受けたお婆ちゃんは、せめて自分の家で死にたいと、両親を説得して自宅療養に切り替える事になり、今では殆ど寝たきりの生活を続けている。
学校から帰ってくると、その日あった出来事を話して聞かせるのが、この半年間の僕の日課となった。
これが僕が部活動に所属していない主な理由だ。
「それでね、それでね……」
「そうかい、それは良かったねぇ……」
もう余命幾ばくもないお婆ちゃんだが、僕の前では苦しそうな表情一つ見せる事はなく、ニコニコと終始笑顔を見せながら話を聞いてくれる。
僕にとってお婆ちゃんと過ごす時間は、何事にも代え難い幸せな時間だ。
今日の体育の授業での事を話終えた頃だろうか、お婆ちゃんが僕の顔をじっと見詰めている事に気が付いた。
「どうしたの?僕の顔に何か付いてる?」
「ふふふ、そうじゃないよ……総ちゃんは本当に出会ったばかりの頃のお爺さんにそっくりになってきたと思ってねぇ」
最近、お婆ちゃんはお爺ちゃんの事を良く口にするようになった。
お爺ちゃんの話をする時のお婆ちゃんは、僕には見せた事もない様な陶然とした表情を浮かべる。
会った事もないお爺ちゃんだけど、大好きなお婆ちゃんが取られてしまったみたいで、凄く嫌な気持ちが湧き上がってくる。
でも、お爺ちゃんの話をする時のお婆ちゃんは本当に幸せそうで、僕はそんなお婆ちゃんの幸せそうな顔をずっと見ていたかった。
だから、湧き上がってくる嫌な気持ちにグッと蓋をして、お婆ちゃんにお願いする。
「ねぇ?お婆ちゃん、お爺ちゃんの話をしてよ。……お爺ちゃんはどんな人だった?」
「そうだねぇ……お爺ちゃんは、優柔不断でどうしようもない人だったかねぇ」
お婆ちゃんは苦笑を浮かべながらそう切り出す。
しかし、苦笑は直ぐに鳴りを潜め、また陶然とした表情を浮かべながら、一つ一つ大切な思い出を振り返る様に語る。
お婆ちゃんによるお爺ちゃん自慢は、それから夕食の時間になるまで、2時間程続くのだった。
僕は玄関に靴を乱雑に脱ぎ捨てると、大好きなお婆ちゃんの部屋へと向かう。
僕の名前は柳総介、市立滝沢中学校の2年生だ。
現在、訳有って部活動には所属していない。
僕の家はお爺ちゃん、柳総太郎が始めた大衆食堂紫苑を営んでいて、昼はおばさま達の井戸端会議の場として、夜はおじさん達の憩いの場として近所の人々から親しまれている。
お爺ちゃんは僕が生まれる前日に亡くなってしまったらしく、それからは、お父さんとお母さんが店を切り盛りする事になった。
その為、必然的に僕の面倒を見てくれたのはいつもお婆ちゃんだった。
一緒にお昼寝したり、散歩に出掛けたり……又、物心付いた頃からはおやつを作ったり、お料理を教えて貰ったりと何をするのもお婆ちゃんと一緒だった。
お陰で今ではすっかりお婆ちゃんっ子だ。
「お婆ちゃん、ただいま~」
僕はお婆ちゃんの部屋の襖を開け放ち、お婆ちゃんの傍に駆け寄る。
「おやおや、お帰り総ちゃん。今日も学校は楽しかったかい?」
僕が部屋に来たのを見とめると、布団に横になっていたお婆ちゃんは、上半身を起こして笑顔で迎え入れてくれる。
僕のお婆ちゃんの名前は柳静葉、3年前に癌が見つかり、半年前まで入院生活を余儀なくされていた。
2年半に渡り投薬、手術等さまざまな治療を行ってきたが、病状は一向に回復の兆しをみせる事無く、余命半年との宣告を受けてしまった。
余命宣告を受けたお婆ちゃんは、せめて自分の家で死にたいと、両親を説得して自宅療養に切り替える事になり、今では殆ど寝たきりの生活を続けている。
学校から帰ってくると、その日あった出来事を話して聞かせるのが、この半年間の僕の日課となった。
これが僕が部活動に所属していない主な理由だ。
「それでね、それでね……」
「そうかい、それは良かったねぇ……」
もう余命幾ばくもないお婆ちゃんだが、僕の前では苦しそうな表情一つ見せる事はなく、ニコニコと終始笑顔を見せながら話を聞いてくれる。
僕にとってお婆ちゃんと過ごす時間は、何事にも代え難い幸せな時間だ。
今日の体育の授業での事を話終えた頃だろうか、お婆ちゃんが僕の顔をじっと見詰めている事に気が付いた。
「どうしたの?僕の顔に何か付いてる?」
「ふふふ、そうじゃないよ……総ちゃんは本当に出会ったばかりの頃のお爺さんにそっくりになってきたと思ってねぇ」
最近、お婆ちゃんはお爺ちゃんの事を良く口にするようになった。
お爺ちゃんの話をする時のお婆ちゃんは、僕には見せた事もない様な陶然とした表情を浮かべる。
会った事もないお爺ちゃんだけど、大好きなお婆ちゃんが取られてしまったみたいで、凄く嫌な気持ちが湧き上がってくる。
でも、お爺ちゃんの話をする時のお婆ちゃんは本当に幸せそうで、僕はそんなお婆ちゃんの幸せそうな顔をずっと見ていたかった。
だから、湧き上がってくる嫌な気持ちにグッと蓋をして、お婆ちゃんにお願いする。
「ねぇ?お婆ちゃん、お爺ちゃんの話をしてよ。……お爺ちゃんはどんな人だった?」
「そうだねぇ……お爺ちゃんは、優柔不断でどうしようもない人だったかねぇ」
お婆ちゃんは苦笑を浮かべながらそう切り出す。
しかし、苦笑は直ぐに鳴りを潜め、また陶然とした表情を浮かべながら、一つ一つ大切な思い出を振り返る様に語る。
お婆ちゃんによるお爺ちゃん自慢は、それから夕食の時間になるまで、2時間程続くのだった。
0
あなたにおすすめの小説
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
婚約者の様子がおかしいので尾行したら、隠し妻と子供がいました
Kouei
恋愛
婚約者の様子がおかしい…
ご両親が事故で亡くなったばかりだと分かっているけれど…何かがおかしいわ。
忌明けを過ぎて…もう2か月近く会っていないし。
だから私は婚約者を尾行した。
するとそこで目にしたのは、婚約者そっくりの小さな男の子と美しい女性と一緒にいる彼の姿だった。
まさかっ 隠し妻と子供がいたなんて!!!
※誤字脱字報告ありがとうございます。
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
〈完結〉姉と母の本当の思いを知った時、私達は父を捨てて旅に出ることを決めました。
江戸川ばた散歩
恋愛
「私」男爵令嬢ベリンダには三人のきょうだいがいる。だが母は年の離れた一番上の姉ローズにだけ冷たい。
幼いながらもそれに気付いていた私は、誕生日の晩、両親の言い争いを聞く。
しばらくして、ローズは誕生日によばれた菓子職人と駆け落ちしてしまう。
それから全寮制の学校に通うこともあり、家族はあまり集わなくなる。
母は離れで暮らす様になり、気鬱にもなる。
そしてローズが出ていった歳にベリンダがなった頃、突然ローズから手紙が来る。
そこにはベリンダがずっと持っていた疑問の答えがあった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる