諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】

カヅキハルカ

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8.演技

「シ、シマさん?」
「呼び捨てで良いって、今日何度も言いました」
「シマ。待って、あのこれってどういう……」
「しっ、黙って。このまま、俺に任せて」

 押し問答は受け付けないという風に、シマが智明を壁際に追い詰める。

(ち、近い……っ)

 初めてのデートの別れ際。
 夕暮れ時の人が賑わう駅の片隅で、至近距離に迫るシマを前に、智明は小さく身をすくめていた。

 別れを惜しむ恋人同士なら、何もおかしくはない場面だろう。
 智明が男で、迫り来る相手も男であるというところは、確かにイレギュラーではある。
 けれど、雑多で色んなものが混じり合う都会の片隅においては、些末なことだと言えなくもなかった。

 だが残念極まりないことに、予想外の事態に陥っていても見惚れてしまうほど顔の整った男性は、智明の恋人でもなければ友人でさえない。
 一日デートをしたのは本当だが、正真正銘今日が初対面の見知らぬ男である。

 今にも唇に触れそうな距離まで近付いた顔面を目の前に、智明は思わずぎゅっと目を瞑った。
 シマの息づかいが、至近距離に迫る。

「…………っ」
「行ったみたいですよ」
「え?」
「ずっと付けてきてた、あの女性」

 覚悟を決めた智明の頭上から、大きく吐く息と共に、優しい声が下りてきた。
 パチパチと瞬きをすると、シマがくすりと笑う。
 その顔を見て、ようやく今のシマの行動が演技だったのだと気がついた。

「そ、そっか……」
「作戦、上手くいきましたね!」
「そうだな、本当にありがとう。助かったよ」

 シマは今日一日ずっと、智明の為にストーカー女性を気にしてくれていたのに、勝手に意識するだけに留まらず、あまつさえ期待までした自分が恥ずかしい。

(キス、されるかと思った……)

 無意識に、自らの唇に指で触れていた。
 先程まで触れ合いそうな距離にあったのに、何の変化もなく解放されたその場所が、寂しかったのかもしれない。
 智明のそんな行動に、シマがほんの少しだけ目を細めた。

「今日はこれでお別れですけど、連絡先交換しませんか?」
「え?」
「今日一日だけじゃ、まだ油断できませんよね? 暫く頻繁に会って、ラブラブな恋人同士だってわからせた方が良いと思う」
「それは、そうだけど……連絡はサイトを通さないとダメなんじゃ……」
「これからも、事情を把握してる俺が担当したいですし、他のヤツと浮気されたら悲しいから」
「シマ以外の人を、指名なんてしないよ!?」
「嬉しいです。でもそれなら余計に、連絡先を交換しておいた方が、今後の予定も立てやすいと思いません?」
「シマが良いなら、俺は嬉しい……けど」
「俺から提案してるのに、良いも悪いもないですよ。はい、スマホ出して」
「う、うん」

 少し強引なシマの勢いに、思わずポケットにあるスマホを取り出していた。
 だが、キャストとのやり取りは、全て「レンタル彼氏」が運営するチャットを通すという規則があったはずなのは間違いない。
 今日の待ち合わせに関するやり取りもそうしていたし、トラブルもなく無事に会えたので、不自由さは感じていなかった。

 元々バイトをしなくても不自由なく大学生活が送れるだけの支援は、親が仕送りしてくれている。
 入学当初は派手に遊んでいたが、それももう落ち着いていた。
 これまでバイトで稼いだ分は友人と遊ぶくらいにしか利用していなかったので、大半は貯蓄に回している。

 つまり、「レンタル彼氏」との契約に使える余裕はまだあった。
 智明としても、今日一日だけでストーカー女性が諦めるとは到底思えなかったので、暫く頻繁に利用するという意見には完全同意である。

 本命の恋人という設定なので、途中で他のキャストに変えるつもりもなかったし、むしろ面倒な案件である自覚はあるので、今後シマに断られたらどうしようかと思っていたところなので、シマからの提案は正直助かる。
 何より、またシマに会えるという事が、単純に嬉しい。
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