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弐話
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「取り乱してしまって、申し訳ございません」
「ま、とりあえず落ち着いてくれて良かったよ……」
このまま離れないのではないかと不安になる程の時間が経った頃、ほんのり頬を染めて照れた様に、男性は秋良を解放した。
もしかしたら、もう少し早く我に返っていたのかもしれないが、初対面の秋良の前でいきなり大泣きした手前、顔を上げるタイミングが難しかったのだろう。
もう涙は止まっている様子だったが、秋良が抱きしめられる直前に差し出そうとしていたハンドタオルを渡すと、男性は恐縮したようにおずおずとそれを受け取って、ぺこりと頭を下げた。
予測不能の事態が続いたので、冷静に相手を観察出来たのはこの時になってからだった。
頭を上げた男性の顔は、思わず呟いてしまった通りの感想と変わらず、ここのところ悩まされている夢に登場する部下らしき青年「孝則」にそっくりだった。
思いがけず辿り着いたこの桜の木の下と、夢の中のシチュエーションが酷似しているから、その下にいた男性を夢の中の人物と重ねてしまったのではないかと言う杞憂を、吹き飛ばす程に。
違っているのは、服装が甲冑ではなく、秋良と同じカジュアルなジーンズにシャツというスタイルだという事ぐらいだろうか。
本当に、夢の中から飛び出してきたのではないかと疑ってしまいそうだ。
「私の顔に、何か付いていますでしょうか?」
まじまじと顔を見つめる秋良に、戸惑ったように首を傾げておずおずと問いかけられた声も、孝則に似ている気がする。
(夢の中の声質なんて、わかるはずないんだけどさ)
そこまで考えて、やっと秋良は初対面の人間にぶしつけな視線を送っていた事に気がついた。
「悪い。ちょっと知り合いに、似てたもんだから」
嘘ではないが本当でもない微妙な理由だと自覚しつつ、秋良はそれ以上の言葉を見つけられないまま、目の前の男性に謝った。
理由はどうあれ、自分が見知らぬ他人にこんな風に凝視されたら、困惑するのは確かだったから。
「こちらこそ、突然申し訳ございませんでした」
「えっと、理由とか聞いてもいいか? いや、いいですか?」
よほど老け顔でもない限り、普通に見れば相手が年上だろうとわかっていたのに、思わず言葉遣いが気軽なものになってしまい、慌てて言い直す。
そんな秋良に男性は気にした風もなく、ふわりと微笑んだ。
「お気遣いなく、そのままで」
夢の中で出てくる部下の孝則に似ているから、と言うだけではない。
男性の言葉遣いが妙に礼儀正しいから、余計につられてしまったような気がする。
普通、見るからに年下の男にここまで丁寧な喋り方をするものだろうか。
「あ、じゃあ遠慮なく……。そっちも、その喋り方崩してくれていいから」
「はい」
秋良の言葉に頷いた声は、到底崩れた様な返事には聞こえなかったが、あまり人様の話し方にまで文句を付ける筋合いもない。
この男性は、きっと元々丁寧な話し方をするタイプなのだろうと思う事にする。
「それで、聞かせてもらえるのか? 理由」
問いかけつつ、何となく秋良には理由がわかっていた。
何しろ抱きついて来た男性は、秋良の事を「殿」と呼んだのだ。そして秋良自身も、男性の姿をみて思わず「孝則」と呟いた。
これを偶然と片付けるには、色々と状況が揃い過ぎている。
「ご説明するのは、かなり難しいのですが……。端的に申し上げますと、私はずっと長い間、貴方を探し続けて来たのです」
「本当に端的だな。探してたって言うその理由を、俺は聞きたいんだけど」
「貴方は、私の事を御存じではありませんか……?」
「知っていたら、こういう質問はしない」
探る様な祈りにも似た質問を、申し訳ない気持ちがないわけではなかったが、きっぱりと切り捨てる。
確かに、男性に似ている人物に心当たりはある。
けれどそれは単なる夢の中の事で、現実世界で秋良が男性の事を知る機会は一切なかった。
いくらなんでも、夢と現実の区別がつかないような歳ではない。
「夢の中でお会いしましたね」なんて、どんな挨拶だ。
「そう、ですか……」
「あんたは、ええっと……?」
「椎名孝則、と申します。すみません、今日は名刺を持ち合わせていなくて」
「……たかの、り?」
そういえば名前を聞いていなかった為に呼びかけ方に困っていると、椎名孝則と名乗った男性は礼儀正しく自己紹介をした。
その名前に、秋良が戸惑うのは当然だろう。
徐々に、あれは夢ではなく現実なのだとつきつけられている様な錯覚に陥る。
ぐらりと眩暈を起こしそうになった秋良に、タイミング良く孝則の言葉が重なり、一瞬の違和感でそれは消えていったけれど。
「はい。あの失礼ですが」
「俺は、江藤秋良」
「……江藤様、ですか」
「あーっと、秋良でいいって。俺も、孝則って呼ばせてもらうし」
「では、秋良様と呼ばせて頂きます」
「様って……、俺あんたに何かした?」
「いえ、ですがこの呼称が一番良いかと思われます」
「ああ、そう。もう好きにしてくれ」
言葉遣いを気兼ねないものにしてもらうどころか、様付けと来た。
だがこの点に関してはどうも譲る気が全くない気配が読み取れたので、秋良はあまり気にしない事にさっさと決めてしまった。
社長の息子という立場だからだろうか、自分より年上の大人達から敬語を使われる状況に慣れている事もあって、そこまで違和感が強い訳でもない。
「すみません」
「謝らなくても、いいけどさ」
仕事以外の関係者から余所余所しくされると、少し寂しいと思うのは、子供っぽいだろうか。
拗ねた様な表情になってしまった秋良に孝則はぺこりと頭を下げたが、呼び方や話し方を変える気はやはりないらしい。
再度すみませんと頭を下げる孝則に、いいからと手で制してそろそろ話を本題に戻そうと話を促す動作を付けると、孝則も了承したのだろう顔を上げて先ほどの質問の意図を話し始めた。
「秋良様が私の事を御存じでなくても、私はずっと貴方の事を忘れた事はございませんでした。私は貴方に会う為に、ここに居ると言ってもいい」
「俺がガキの頃に、会ったことがあるって事か?」
「いえ、『江藤秋良』様にお会いするのは、今日が初めてです」
「意味がわからないんだが」
「私と秋良様が関わりを持っていたのは、今から数百年以上前の事です。貴方はこの土地の領主で、私は貴方に仕える部下でした」
「…………は?」
「貴方はとても良い領主で、部下達にも領民にも好かれていました。あの日、隣国の裏切りに合いさえしなければ、きっとこの土地は貴方の統治の元、豊かで幸せな国になっていたことでしょう」
「ちょ、ちょっと待て」
「貴方は優しい人でしたから、誰一人戦いで犠牲にしたくないと仰って……自分の命を差し出す選択をしました。皆止めましたが、一度決めた事を簡単に揺るがす方ではなかった」
「…………」
「そして誰もいなくなった城で、御自害する直前。この桜の木の下で、私と約束をして下さったのです」
「もし来世と言うものがあるとしたら、またお前と共にありたいものだ……ってやつか」
「…………!」
秋良の制止に気付かない様に話し続ける孝則言葉に引っ掛かって、するりと飛び出してきた呟きは、繰り返され続ける夢の中で自分が「部下の孝則」に言った希望。
気付くと何気に言葉を紡いだ秋良を、孝則が驚いたように見つめていた。
それは、一番最初に孝則が秋良に気付いた時と同じように、嬉しそうなのに今にも泣き出しそうな表情で、瞬きもしない孝則を前に、時間が止まった様な空気に耐えられなくなった秋良の方が、先に動くしかなかった。
「か、勘違いするなよ、夢の中の話とダブっただけだ。こんな桜の下で、戦国時代みたいな格好したお前に似てる奴と、まぁ…今お前が言ったようなシチュエーションになっててだな……」
「夢?」
「ただの夢の話だ。さっきの台詞は印象的だったから覚えていただけで、お前の言う記憶とか、そういう次元の話じゃない」
本当は結構鮮明に覚えている台詞のやり取りや、いつも目覚める前に展開されるシーンについては伏せておく。
目の前に現れた孝則を見ても、秋良にとって夢は夢だという感覚は変わらない。
偶然にしては確かにすごいとは思うが、夢の中の出来事をもしかしたら自分の過去の出来事だと思うよりは、偶然夢の中の登場人物に似た人間が現れて自分と同じ夢を見ていたという方が、まだ現実的だと考えられるからだ。
それに、もし孝則が秋良と同じ夢を見ていたとして、それを過去の自分だと思い込んでいたとしても、今出逢ったばかりの秋良と孝則が夢の中の二人と同じ関係にならなくてはいけない訳ではない。
知っているのに知らない振りをする、その後ろめたさを埋める様に、言い訳を考えている自分に苦笑する。
(夢は夢。それだけでいいはずなのに、引きずられてんな……)
「例えそうだとしても、嬉しいです」
「え?」
「貴方から、もう一度そのお言葉を頂けただけで」
「お、おい」
「ここで待っていれば、必ず会えると信じていました。この身は貴方だけの為に……お傍に居る事を、お許し下さい」
孝則が真剣な瞳で秋良を見つめ、その場に膝を折る。
そして大切なものに触れる様に、秋良の右手を両手で包み込み、忠誠を誓う言葉を乗せた。
ますます夢の中の二人と状況がダブってしまい、しばらく動けなくなっていた秋良は、慌ててその手を振りほどく。
「待て待て待て待て、俺はそういうつもりはないから!」
「そういうつもり、とは?」
「え、いや……とにかく! そういうのは、困る」
どうやら恋人同士、という関係を望んでいる訳ではなさそうだ。
勘違いしかけた自分の思考に慌てながら、跪いたままの孝則を握られた手を利用して引っ張り上げ、立ち上がらせた。
どうして受け入れてもらえないのかと戸惑っている様子の孝則を、同じ目線で見つめて笑顔を作り、左手を秋良の右手を握りしめたままの両手にそっと添えて、握手の形にする。
「秋良様?」
「とりあえず、悪い奴じゃなさそうな事はわかったよ。俺もこっちに来たばっかで知り合いもいないし……友達ってことで、どうかな?」
「そんな、恐れ多い」
「恐れ多くない。ここは現代日本だ、お前が望んでいる関係の方が、よっぽどおかしい」
「ですが……」
「じゃあ、ここでお別れだな」
「っ、待って下さい!」
手を解いてさっさと孝則の前から消えようとする秋良を、孝則が慌てて引き留める。
引き留めて来るだろうと予想していた秋良は、特に抵抗もせずその言葉に振り返って、不安そうな孝則に「してやったり」と言わんばかりの笑みを返した。
「交渉成立?」
「よろしく、お願い致します」
「了解。じゃあさ、言葉遣いを変えろ……とまでは言わないから、せめて俺の事は呼び捨て。オーケー?」
「え、いやそれは……」
「孝則、歳は?」
「三十一ですが……」
「うん、やっぱ俺より年上だよな。俺がそうして欲しいって言ってるんだし、何も遠慮する理由ないと思うけど?」
「…………」
「い い よ な」
「わかりました……秋良」
「よし」
無言の笑顔で譲らないという圧力に屈した孝則の負けが決定し、秋良はお互いの呼称を呼び捨てにするという約束を勝ち取った。
若干、まだ上下関係を引きずっている孝則に命令した感が否めないが、この歳になってからの新しい友人関係というものは、学生時代に育むものとは性質が違っているように思うし、形から入ってもいいだろう。
満足そうに頷いた秋良につられた様に、孝則もくすりと微笑を浮かべ、押し問答の結果は成功だという感触を得る。
途端に、秋良の腹が盛大に鳴った。
そういえば、食事の場所を求めて出てきたのだと本来の目的を思い出す。
秋良が落ちつけと言う様に腹を擦ると、孝則が戸惑いながらも友人らしい提案をしてくれた。
「何か、食べに行きましょうか」
「俺まだこの辺り詳しくないから、美味い店連れて行ってくれると助かる」
即答で提案を受け入れると、孝則はほっとしたように頷いて「こちらです」と言いながら一歩下がると、また秋良に無言の圧力をかけられると思ったのか、きちんと横に並んで歩き始めた。
「合格点」と心の中で笑って、秋良はふと夢の中の自分も、孝則にこんな風に接する事が出来る関係になる日を望んでいたのではないかと思った。
「ま、とりあえず落ち着いてくれて良かったよ……」
このまま離れないのではないかと不安になる程の時間が経った頃、ほんのり頬を染めて照れた様に、男性は秋良を解放した。
もしかしたら、もう少し早く我に返っていたのかもしれないが、初対面の秋良の前でいきなり大泣きした手前、顔を上げるタイミングが難しかったのだろう。
もう涙は止まっている様子だったが、秋良が抱きしめられる直前に差し出そうとしていたハンドタオルを渡すと、男性は恐縮したようにおずおずとそれを受け取って、ぺこりと頭を下げた。
予測不能の事態が続いたので、冷静に相手を観察出来たのはこの時になってからだった。
頭を上げた男性の顔は、思わず呟いてしまった通りの感想と変わらず、ここのところ悩まされている夢に登場する部下らしき青年「孝則」にそっくりだった。
思いがけず辿り着いたこの桜の木の下と、夢の中のシチュエーションが酷似しているから、その下にいた男性を夢の中の人物と重ねてしまったのではないかと言う杞憂を、吹き飛ばす程に。
違っているのは、服装が甲冑ではなく、秋良と同じカジュアルなジーンズにシャツというスタイルだという事ぐらいだろうか。
本当に、夢の中から飛び出してきたのではないかと疑ってしまいそうだ。
「私の顔に、何か付いていますでしょうか?」
まじまじと顔を見つめる秋良に、戸惑ったように首を傾げておずおずと問いかけられた声も、孝則に似ている気がする。
(夢の中の声質なんて、わかるはずないんだけどさ)
そこまで考えて、やっと秋良は初対面の人間にぶしつけな視線を送っていた事に気がついた。
「悪い。ちょっと知り合いに、似てたもんだから」
嘘ではないが本当でもない微妙な理由だと自覚しつつ、秋良はそれ以上の言葉を見つけられないまま、目の前の男性に謝った。
理由はどうあれ、自分が見知らぬ他人にこんな風に凝視されたら、困惑するのは確かだったから。
「こちらこそ、突然申し訳ございませんでした」
「えっと、理由とか聞いてもいいか? いや、いいですか?」
よほど老け顔でもない限り、普通に見れば相手が年上だろうとわかっていたのに、思わず言葉遣いが気軽なものになってしまい、慌てて言い直す。
そんな秋良に男性は気にした風もなく、ふわりと微笑んだ。
「お気遣いなく、そのままで」
夢の中で出てくる部下の孝則に似ているから、と言うだけではない。
男性の言葉遣いが妙に礼儀正しいから、余計につられてしまったような気がする。
普通、見るからに年下の男にここまで丁寧な喋り方をするものだろうか。
「あ、じゃあ遠慮なく……。そっちも、その喋り方崩してくれていいから」
「はい」
秋良の言葉に頷いた声は、到底崩れた様な返事には聞こえなかったが、あまり人様の話し方にまで文句を付ける筋合いもない。
この男性は、きっと元々丁寧な話し方をするタイプなのだろうと思う事にする。
「それで、聞かせてもらえるのか? 理由」
問いかけつつ、何となく秋良には理由がわかっていた。
何しろ抱きついて来た男性は、秋良の事を「殿」と呼んだのだ。そして秋良自身も、男性の姿をみて思わず「孝則」と呟いた。
これを偶然と片付けるには、色々と状況が揃い過ぎている。
「ご説明するのは、かなり難しいのですが……。端的に申し上げますと、私はずっと長い間、貴方を探し続けて来たのです」
「本当に端的だな。探してたって言うその理由を、俺は聞きたいんだけど」
「貴方は、私の事を御存じではありませんか……?」
「知っていたら、こういう質問はしない」
探る様な祈りにも似た質問を、申し訳ない気持ちがないわけではなかったが、きっぱりと切り捨てる。
確かに、男性に似ている人物に心当たりはある。
けれどそれは単なる夢の中の事で、現実世界で秋良が男性の事を知る機会は一切なかった。
いくらなんでも、夢と現実の区別がつかないような歳ではない。
「夢の中でお会いしましたね」なんて、どんな挨拶だ。
「そう、ですか……」
「あんたは、ええっと……?」
「椎名孝則、と申します。すみません、今日は名刺を持ち合わせていなくて」
「……たかの、り?」
そういえば名前を聞いていなかった為に呼びかけ方に困っていると、椎名孝則と名乗った男性は礼儀正しく自己紹介をした。
その名前に、秋良が戸惑うのは当然だろう。
徐々に、あれは夢ではなく現実なのだとつきつけられている様な錯覚に陥る。
ぐらりと眩暈を起こしそうになった秋良に、タイミング良く孝則の言葉が重なり、一瞬の違和感でそれは消えていったけれど。
「はい。あの失礼ですが」
「俺は、江藤秋良」
「……江藤様、ですか」
「あーっと、秋良でいいって。俺も、孝則って呼ばせてもらうし」
「では、秋良様と呼ばせて頂きます」
「様って……、俺あんたに何かした?」
「いえ、ですがこの呼称が一番良いかと思われます」
「ああ、そう。もう好きにしてくれ」
言葉遣いを気兼ねないものにしてもらうどころか、様付けと来た。
だがこの点に関してはどうも譲る気が全くない気配が読み取れたので、秋良はあまり気にしない事にさっさと決めてしまった。
社長の息子という立場だからだろうか、自分より年上の大人達から敬語を使われる状況に慣れている事もあって、そこまで違和感が強い訳でもない。
「すみません」
「謝らなくても、いいけどさ」
仕事以外の関係者から余所余所しくされると、少し寂しいと思うのは、子供っぽいだろうか。
拗ねた様な表情になってしまった秋良に孝則はぺこりと頭を下げたが、呼び方や話し方を変える気はやはりないらしい。
再度すみませんと頭を下げる孝則に、いいからと手で制してそろそろ話を本題に戻そうと話を促す動作を付けると、孝則も了承したのだろう顔を上げて先ほどの質問の意図を話し始めた。
「秋良様が私の事を御存じでなくても、私はずっと貴方の事を忘れた事はございませんでした。私は貴方に会う為に、ここに居ると言ってもいい」
「俺がガキの頃に、会ったことがあるって事か?」
「いえ、『江藤秋良』様にお会いするのは、今日が初めてです」
「意味がわからないんだが」
「私と秋良様が関わりを持っていたのは、今から数百年以上前の事です。貴方はこの土地の領主で、私は貴方に仕える部下でした」
「…………は?」
「貴方はとても良い領主で、部下達にも領民にも好かれていました。あの日、隣国の裏切りに合いさえしなければ、きっとこの土地は貴方の統治の元、豊かで幸せな国になっていたことでしょう」
「ちょ、ちょっと待て」
「貴方は優しい人でしたから、誰一人戦いで犠牲にしたくないと仰って……自分の命を差し出す選択をしました。皆止めましたが、一度決めた事を簡単に揺るがす方ではなかった」
「…………」
「そして誰もいなくなった城で、御自害する直前。この桜の木の下で、私と約束をして下さったのです」
「もし来世と言うものがあるとしたら、またお前と共にありたいものだ……ってやつか」
「…………!」
秋良の制止に気付かない様に話し続ける孝則言葉に引っ掛かって、するりと飛び出してきた呟きは、繰り返され続ける夢の中で自分が「部下の孝則」に言った希望。
気付くと何気に言葉を紡いだ秋良を、孝則が驚いたように見つめていた。
それは、一番最初に孝則が秋良に気付いた時と同じように、嬉しそうなのに今にも泣き出しそうな表情で、瞬きもしない孝則を前に、時間が止まった様な空気に耐えられなくなった秋良の方が、先に動くしかなかった。
「か、勘違いするなよ、夢の中の話とダブっただけだ。こんな桜の下で、戦国時代みたいな格好したお前に似てる奴と、まぁ…今お前が言ったようなシチュエーションになっててだな……」
「夢?」
「ただの夢の話だ。さっきの台詞は印象的だったから覚えていただけで、お前の言う記憶とか、そういう次元の話じゃない」
本当は結構鮮明に覚えている台詞のやり取りや、いつも目覚める前に展開されるシーンについては伏せておく。
目の前に現れた孝則を見ても、秋良にとって夢は夢だという感覚は変わらない。
偶然にしては確かにすごいとは思うが、夢の中の出来事をもしかしたら自分の過去の出来事だと思うよりは、偶然夢の中の登場人物に似た人間が現れて自分と同じ夢を見ていたという方が、まだ現実的だと考えられるからだ。
それに、もし孝則が秋良と同じ夢を見ていたとして、それを過去の自分だと思い込んでいたとしても、今出逢ったばかりの秋良と孝則が夢の中の二人と同じ関係にならなくてはいけない訳ではない。
知っているのに知らない振りをする、その後ろめたさを埋める様に、言い訳を考えている自分に苦笑する。
(夢は夢。それだけでいいはずなのに、引きずられてんな……)
「例えそうだとしても、嬉しいです」
「え?」
「貴方から、もう一度そのお言葉を頂けただけで」
「お、おい」
「ここで待っていれば、必ず会えると信じていました。この身は貴方だけの為に……お傍に居る事を、お許し下さい」
孝則が真剣な瞳で秋良を見つめ、その場に膝を折る。
そして大切なものに触れる様に、秋良の右手を両手で包み込み、忠誠を誓う言葉を乗せた。
ますます夢の中の二人と状況がダブってしまい、しばらく動けなくなっていた秋良は、慌ててその手を振りほどく。
「待て待て待て待て、俺はそういうつもりはないから!」
「そういうつもり、とは?」
「え、いや……とにかく! そういうのは、困る」
どうやら恋人同士、という関係を望んでいる訳ではなさそうだ。
勘違いしかけた自分の思考に慌てながら、跪いたままの孝則を握られた手を利用して引っ張り上げ、立ち上がらせた。
どうして受け入れてもらえないのかと戸惑っている様子の孝則を、同じ目線で見つめて笑顔を作り、左手を秋良の右手を握りしめたままの両手にそっと添えて、握手の形にする。
「秋良様?」
「とりあえず、悪い奴じゃなさそうな事はわかったよ。俺もこっちに来たばっかで知り合いもいないし……友達ってことで、どうかな?」
「そんな、恐れ多い」
「恐れ多くない。ここは現代日本だ、お前が望んでいる関係の方が、よっぽどおかしい」
「ですが……」
「じゃあ、ここでお別れだな」
「っ、待って下さい!」
手を解いてさっさと孝則の前から消えようとする秋良を、孝則が慌てて引き留める。
引き留めて来るだろうと予想していた秋良は、特に抵抗もせずその言葉に振り返って、不安そうな孝則に「してやったり」と言わんばかりの笑みを返した。
「交渉成立?」
「よろしく、お願い致します」
「了解。じゃあさ、言葉遣いを変えろ……とまでは言わないから、せめて俺の事は呼び捨て。オーケー?」
「え、いやそれは……」
「孝則、歳は?」
「三十一ですが……」
「うん、やっぱ俺より年上だよな。俺がそうして欲しいって言ってるんだし、何も遠慮する理由ないと思うけど?」
「…………」
「い い よ な」
「わかりました……秋良」
「よし」
無言の笑顔で譲らないという圧力に屈した孝則の負けが決定し、秋良はお互いの呼称を呼び捨てにするという約束を勝ち取った。
若干、まだ上下関係を引きずっている孝則に命令した感が否めないが、この歳になってからの新しい友人関係というものは、学生時代に育むものとは性質が違っているように思うし、形から入ってもいいだろう。
満足そうに頷いた秋良につられた様に、孝則もくすりと微笑を浮かべ、押し問答の結果は成功だという感触を得る。
途端に、秋良の腹が盛大に鳴った。
そういえば、食事の場所を求めて出てきたのだと本来の目的を思い出す。
秋良が落ちつけと言う様に腹を擦ると、孝則が戸惑いながらも友人らしい提案をしてくれた。
「何か、食べに行きましょうか」
「俺まだこの辺り詳しくないから、美味い店連れて行ってくれると助かる」
即答で提案を受け入れると、孝則はほっとしたように頷いて「こちらです」と言いながら一歩下がると、また秋良に無言の圧力をかけられると思ったのか、きちんと横に並んで歩き始めた。
「合格点」と心の中で笑って、秋良はふと夢の中の自分も、孝則にこんな風に接する事が出来る関係になる日を望んでいたのではないかと思った。
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