捨てられた僕を飼うけだものは

おさかな

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捨てられた子

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「はぁ……っ、は……っ、あ……っ♡」
「…………いい声だ。気持ちいいか?」
「あ…っ、あ、は…………♡きもち、いい…………っ♡」

 体じゅうを人のそれとは違う長くて少しざらついた舌で舐り、これまで触られたことがないような場所まで、余さず愛撫されている。
 その行為はひどく甘く、思考も恥もすべてとろとろに溶かしてしまうほどだった。唇からははあはあと荒い息と甘えた声ばかりが漏れている。

 いったいどうしてこんなことになっているのだったか。記憶を少し遡る。

+++

「ひよりさん、あなたは明日この家を出て行ってもらいます」

 まだあどけない雰囲気の残る少年ひよりは、とある小さな国でかつて栄えていた元貴族の家庭に生まれた。
 そんな彼は育ての母から突如そう告げられたのだ。

 ひよりは元より父が妾との間に作った子供で、望まれぬ子だった。貧しい家とはいえ跡目争いがあったため、当主である父の子のひよりが本妻の子である兄にとっては邪魔者だったのだ。

 ひよりという名は、そもそもこの子を跡目争いに参加させることすら許さないという本妻からの圧力により男名を禁じられつけられた名だ。ひより自身もそれを理解しているし、今更邪魔をするつもりなど毛頭ない。
 けれど本妻はやることは徹底的にやる女だった。本人がどうあれひよりの存在は家から排除するつもりだ。
 それに、今は何の役割を与えることもできない者を殺さずに食わせておくだけの余裕がこの家にはないのだ。


「奉公先が記されていますから、そちらに向かうように。約束の時間は明日の正午です」
「……承知いたしました」

 荷物をまとめる時間さえもろくに与えられなかったが、元より持って行きたい物などもなかった。ひよりは最低限の着替えや母の形見である手鏡だけを持って育った家を出ていく。
 寂しさや何かは、ひとつも感じなかった。


 渡された手紙を頼りに奉公先に向かった先は、獣人が多く住む町の工場だった。人間の中でも小柄なひよりは歩いているだけでも威圧感を得てしまうような大きな獣人たちが行き交う町。
 工場に着くと、そこは大柄な獣人立ちの中でも屈強な男たちが働くような場所だった。みな人よりも獣の特徴が強く出た姿で、身体もすごく大きい。

「……あの、今日からこちらにお世話になる天ケ瀬ひよりと申します」
「あ? 人間の娘っ子が何の用だって?」
「…………こちらの工場に奉公に行くようにと申し付けられております」
「そんな話は聞いてねえなあ。それに、そんなひょろひょろじゃここでなんの役にも立たねえよ」
「そんな、困ります……っ!」

 もしかしてとは思ったが、ひよりは全く取り合ってもらえず門前払いされてしまう。

(……多分ここが奉公先だなんてことがそもそも嘘だったんだ。これで僕は、完全に行き場を失った…………)

 今更家へ戻ったところでそこでもつべこべ言わずに働きに行けと入れてはもらえないだろう。

「うるせえなあ、お前みたいな人間に仕事が務まるような所じゃねえっつってんだろ!」
「…………ッ!」

 ひよりはその小さな体を蹴飛ばされ、工場の入り口の地面に転がされた。痛い。獣人に蹴られるのは、人間に蹴られるのとは訳が違うということをこの一瞬で思い知らされた。こんな力、打ちどころが悪ければ骨まで折れてしまうだろうし、最悪のことだってありえる。

「……っ、どうしよう………」
 怖くてもう立ち上がり頼み込むことすら出来なくなった。がたがたと震える身体をぎゅっとおさえながらぽつりとそう呟いていると、誰かがそばに立つ気配を感じた。

「……ここで何をしている?」
「…………っ!は、ぁ……っごめんなさい…………っ」

 目の前に立ち、ひよりを見下ろしているのは上等なコートを身につけた紳士風の、毛並みの美しい銀色のオオカミのような獣人だった。

「謝れと言った覚えはないが」
「は、はいっ……あの、僕は、ここで働きに来ていて…………っ」
「おい人間のガキ、まだそこに居やがったのか! すみませんダンナ、そいつアポもねえしそんなひょろひょろのくせに働かせろって言うんだよ」
「……人間がここに働きに? そうだったのか」
「……っ、すみません、もう去ります。ご迷惑おかけしました……っ」

 ひよりはまた蹴り上げられるのを恐れて震える足で立ち上がり逃げ出そうとした。すると紳士はひよりが落とした手紙をひょいと拾いあげ、読み始める。

「キミ、待ちなさい。行く宛はあるのかね」
「…………ありません。ありませんけど、自分でどうにか、しますので……っ」

 自分でどうにかなど、できるとは思えなかった。この時代、きちんとしたところに勤めるにはほとんどの場合紹介状などが必要で、働くにも身分が関わってくるような世の中だった。ひよりは無力な自分へ悲しさや獣人への恐ろしさで涙が滲み、潤んだ瞳で優しく呼び止めた紳士を見つめた。
 ……紳士はその目を見て、腹の中に何か熱いものが芽生えたのを感じたのだった。

「……私がキミの身を拾おう。私はこの工場のオーナーだ。これは偽の紹介状を掴まされたんだね、可哀想に」
「え……?」
「キミには少し辛い仕事を任せるかもしれないけど、それでもキミに覚悟があるのなら、私の元へおいで。住むところも用意しよう。食うには困らないよ」
「……どうして……僕にそんな」
「……キミを放って置けないんだ。この紹介状の出どころも気になるしね」
「…………わかりました」

 なんだかよくわからないけれど、きっとあの家に戻るよりもここで足蹴にされるよりも、そして自分ひとりで生きていくよりもいくらかマシだろうと思い、ひよりは頷いた。
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