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転 その①

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「……トーマス様はよほどお暇なのですね」
「ガラテアさんに会うために無理して時間を作ってるだけだって」

 ところが、トーマス様はアレだけ現実を見せつけてやっても懲りませんでした。

 彼は週に何回かは必ずわたくしを訪ねられ、子供達と遊んだり掃除を手伝ってくれたりしました。その間他愛のない話で盛り上がるので、いつも時間があっという間に過ぎ去っていきました。

「無理にでも連れて行く、とは仰らないのですね」
「まずガラテアさんが納得してくれるようにしなきゃいけないからね」

 トーマス様は並々ならぬ決意を抱いているようでして、別れ際やならず者共に連れて行かれる際はとても真剣な表情で「僕が必ずガラテアさんを救うから」と仰ります。不覚にもそんな彼が段々と格好いい、と思うようになってきました。

 そんな日々を過ごすうちにわたくしの胸の中で温かいものが芽生えていき、同時に息苦しさも覚えていきました。振り回される自分が辛くて、悔しくて、嫌でたまりませんでした。わたくしはただ元公爵令嬢ガラテアであれれば充分なのに。

 それが恋心なんだと自覚するのに、そう日数は要りませんでした。
 そしてそれがわたくしにとっては綿で首を絞めるような辛い日々の始まりでした。

「余計なお世話って言われそうだけれど、もうガラテアさんが犠牲になる必要はないんだ。この地域……いや、王都全体の治安を改善する法案を通したからね」
「はい?」
「近日中にガラテアさんが恐れていた『ギャング』って組織は一斉に摘発する。治安維持に当面の間正規の部隊も駐留させるし、悲しまなくて良くなるんだ」

 ある日、トーマス様は満面の笑顔でわたくしに吉報をもたらしました。わたくしは苦痛と屈辱から解放されるより、彼がとても嬉しそうだったことの方が嬉しかったです。
 トーマス様がわたくしの手を取って踊ってその喜びを表現したもので、わたくしも自然と笑いました。本当に久しぶりで、自分でも驚いてしまいましたね。

 彼の言った通り、本当に『ギャング』達は捕まりました。そして教会のある地域はとても平和になりました。昼間に子供達が外で遊んでいても攫われたりせず、女性が家にいても襲われることもなくなったのです。

 後日トーマス様にお聞きすると、寝る間も惜しんで法案を練り上げ、多くの有力者に頭を下げて根回しして、反対する権力者をどうにか懐柔して、法案が可決した途端に過労で数日寝込んでしまったそうです。

「どうしてそこまで……」
「ガラテアさんのためだ。ここが安心して過ごせるようになったら、僕を選んでくれるようになるかも、って思ったらね」
「……わたくしにそんな資格はございません」
「資格なんて関係ない。僕にはガラテアさんが必要なんだ」

 トーマス様は決意を秘めた眼差しをわたくしに向け、跪きました。

「どうかこの私と結婚してほしい。末永く愛し合い、支え合いたい」

 トーマス様の告白はとても嬉しくて、そしてとても憎かったです。

 だってそうでしょう? トーマス様はとても優しくて、励ましてくれて、大切に想ってくれて。けれどその相手はあくまで破滅した悲劇の令嬢ガラテアに対してであって、決してこのわたくしではないのだから……!

「わたしは、ガラテアじゃない……!」

 頭の中が怒りでいっぱいになって、もう守秘義務とか頭から抜け落ちていました。
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