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優秀だからと良い奴とは限らない
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「これはこれはピーター。このたびは婚約おめでとう」
わたしが正式にピーターの婚約者になったことを受けて彼の家に正式に挨拶に伺った際、わたしはクリフォードと初めて出会った。彼の最初の一言は社交辞令も良いところで、心の底ではピーターのことをちっとも祝福していないことは明らかだった。この時点でわたしにとってクリフォードは気に入らない存在になった。
「ありがとうクリフォード。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「まさかフィールディング家の庶子を選ぶなんてね。どうやって取り入られたのさ?」
「そんな言い方はよしてくれ。経緯はこの前話しただろう? 僕とジュリーはお互い同意の上で婚約関係になった、って」
「ラドクリフ家当主の座を諦めてフィールディング家に婿入りする気になったのか? それとも継承者争いに破れた保険として彼女を選んだんなら大したものだ」
「勘違いも甚だしいな。僕は打算でジュリーを選んでなんかいない」
「どうだか。ま、せいぜい偉大なる先人の名を汚さないようにしてくれよ」
腹を立てない腹を立てない。一度文句が口から飛び出ると抑えが効かなくなりそうなので我慢我慢。所詮は見当違いの戯言だと聞き流して……ごめんやっぱ無理そうだからそのムカつく顔面に拳叩き込んでいいかな?
冷静に努めてクリフォードの言い分を聞いていると、すでに彼はピーターに勝った気でいるらしい。自分がラドクリフ家を継承することを微塵も疑っていない。だからピーターがいずれ家を出てこっちに婿養子になることを前提として喋っているのだ。
「それにしても世も末だ。ピーターのような凡人がフィールディング家の次を担う破目になるとはね。前公爵閣下も神のもとで嘆いているに違いないさ」
「それはフィールディング公爵令嬢の母君のことか?」
「閣下はボクから見ても優秀な方だったよ。公爵、そして貴族とはかくあるべし、と良い模範だったのは間違いない。領土の統治に始まり社交界や外交の場での立ち立ち振舞い、全てにおいて完璧だった。それでいて野心を抱かず国家と国王陛下に忠誠を誓う姿勢、後世まで語り継がれるべきだね」
「それは誰もが認める事実だけれど、それが僕と何の関係がある?」
「分からないのか? 閣下の才能を受け継いでいるミッシェル嬢ならまだしも、ピーターやそこの娘が閣下の後を務められると思っているのか? よしてくれそんな冗談は」
そしてピーターやわたしのことをただの凡百な社会を回す歯車としか考えておらず、ミッシェルや彼女の母親を高く評価していることも分かった。彼にとっては優秀であるか否かが全てで、彼の言う馬鹿は全部見下す対象らしい。
「じゃあこれで失礼するよ。自分の勉強で精一杯なピーターと違ってボクは父上の手伝いで忙しいんだ」
「そのわりに僕に構う時間はあるんだね。言っていることが矛盾してないか?」
「っ! 失礼する!」
散々馬鹿にしたピーターから反撃を受けたクリフォードは恥辱で顔を真っ赤にして、大股でその場を立ち去ろうとする。少しでもうっぷんを晴らしたいからかわたしと肩がぶつかりそうな距離感で向かってくるものだから、つい魔が指した。
「ぎゃんっ!?」
「あら、ごめんあそばせ」
ちょっとピーター側に寄ってクリフォードの足を引っ掛けてやった。すると足元が裾に隠れて見えなかったのもあって彼はわたしの足に見事にひっかかり、受け身も取れずにそのまま顔から床に転倒した。
その後クリフォードが負け惜しみを何か言っていたけれど、もう忘れた。くだらないことの記憶に使うほどわたしは頭の容量が大きくないのでね。
それから何かに付けてクリフォードはピーターやわたしを見下してくる。小言や嫌味の留まっているから手は出さないのだけれど、我慢出来るからと許せるわけがない既にわたしから彼への評価はクズでしかない。
そして、公の場でもそんな態度を崩そうとしないものだから「コイツ馬鹿じゃねえの?」と思ったわけだ。
そう考えると他の側近二人も何かしら不快感を買う言動が散見されるので、わたしは彼らをまとめて三馬鹿と評したのだった。
なお、それをミッシェルに正直に話したところ、彼女は爆笑した。
「わたしだったら嫌だなぁ、これから先あの連中と関わる人生送るとかさ」
「要は付き合い方次第よ。馬鹿とハサミは使いようって遠い東の諺にもあるでしょう」
「凡人の心が分からない彼らに気を配りたくなんてない」
「見返してあげなさい、と口では簡単に言えるけれど、あの方々はさすがは王太子殿下の側近に抜擢されるだけあってとても優秀だわ」
「能力は申し分ないのはわたしだって認めてる。付き合いたくないって不満なだけさ」
「だからこそ彼らは溺れるしかないのだけれど、ね」
ミッシェルの最後の一言の意味が分かったのはそれからしばらく後のことだった。
彼らは優秀だった。優秀過ぎた。そして自分に絶対の自信を持っていた。
だからこそ彼らは破滅したのだ。
彼らの類まれなる才能は、武力も、財産や人脈も、叡智も無力だった。
そう、奸智の前には、全てが。
故に彼らは三馬鹿なのだ。そう後の世にも語り継がれることだろう。
わたしが正式にピーターの婚約者になったことを受けて彼の家に正式に挨拶に伺った際、わたしはクリフォードと初めて出会った。彼の最初の一言は社交辞令も良いところで、心の底ではピーターのことをちっとも祝福していないことは明らかだった。この時点でわたしにとってクリフォードは気に入らない存在になった。
「ありがとうクリフォード。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「まさかフィールディング家の庶子を選ぶなんてね。どうやって取り入られたのさ?」
「そんな言い方はよしてくれ。経緯はこの前話しただろう? 僕とジュリーはお互い同意の上で婚約関係になった、って」
「ラドクリフ家当主の座を諦めてフィールディング家に婿入りする気になったのか? それとも継承者争いに破れた保険として彼女を選んだんなら大したものだ」
「勘違いも甚だしいな。僕は打算でジュリーを選んでなんかいない」
「どうだか。ま、せいぜい偉大なる先人の名を汚さないようにしてくれよ」
腹を立てない腹を立てない。一度文句が口から飛び出ると抑えが効かなくなりそうなので我慢我慢。所詮は見当違いの戯言だと聞き流して……ごめんやっぱ無理そうだからそのムカつく顔面に拳叩き込んでいいかな?
冷静に努めてクリフォードの言い分を聞いていると、すでに彼はピーターに勝った気でいるらしい。自分がラドクリフ家を継承することを微塵も疑っていない。だからピーターがいずれ家を出てこっちに婿養子になることを前提として喋っているのだ。
「それにしても世も末だ。ピーターのような凡人がフィールディング家の次を担う破目になるとはね。前公爵閣下も神のもとで嘆いているに違いないさ」
「それはフィールディング公爵令嬢の母君のことか?」
「閣下はボクから見ても優秀な方だったよ。公爵、そして貴族とはかくあるべし、と良い模範だったのは間違いない。領土の統治に始まり社交界や外交の場での立ち立ち振舞い、全てにおいて完璧だった。それでいて野心を抱かず国家と国王陛下に忠誠を誓う姿勢、後世まで語り継がれるべきだね」
「それは誰もが認める事実だけれど、それが僕と何の関係がある?」
「分からないのか? 閣下の才能を受け継いでいるミッシェル嬢ならまだしも、ピーターやそこの娘が閣下の後を務められると思っているのか? よしてくれそんな冗談は」
そしてピーターやわたしのことをただの凡百な社会を回す歯車としか考えておらず、ミッシェルや彼女の母親を高く評価していることも分かった。彼にとっては優秀であるか否かが全てで、彼の言う馬鹿は全部見下す対象らしい。
「じゃあこれで失礼するよ。自分の勉強で精一杯なピーターと違ってボクは父上の手伝いで忙しいんだ」
「そのわりに僕に構う時間はあるんだね。言っていることが矛盾してないか?」
「っ! 失礼する!」
散々馬鹿にしたピーターから反撃を受けたクリフォードは恥辱で顔を真っ赤にして、大股でその場を立ち去ろうとする。少しでもうっぷんを晴らしたいからかわたしと肩がぶつかりそうな距離感で向かってくるものだから、つい魔が指した。
「ぎゃんっ!?」
「あら、ごめんあそばせ」
ちょっとピーター側に寄ってクリフォードの足を引っ掛けてやった。すると足元が裾に隠れて見えなかったのもあって彼はわたしの足に見事にひっかかり、受け身も取れずにそのまま顔から床に転倒した。
その後クリフォードが負け惜しみを何か言っていたけれど、もう忘れた。くだらないことの記憶に使うほどわたしは頭の容量が大きくないのでね。
それから何かに付けてクリフォードはピーターやわたしを見下してくる。小言や嫌味の留まっているから手は出さないのだけれど、我慢出来るからと許せるわけがない既にわたしから彼への評価はクズでしかない。
そして、公の場でもそんな態度を崩そうとしないものだから「コイツ馬鹿じゃねえの?」と思ったわけだ。
そう考えると他の側近二人も何かしら不快感を買う言動が散見されるので、わたしは彼らをまとめて三馬鹿と評したのだった。
なお、それをミッシェルに正直に話したところ、彼女は爆笑した。
「わたしだったら嫌だなぁ、これから先あの連中と関わる人生送るとかさ」
「要は付き合い方次第よ。馬鹿とハサミは使いようって遠い東の諺にもあるでしょう」
「凡人の心が分からない彼らに気を配りたくなんてない」
「見返してあげなさい、と口では簡単に言えるけれど、あの方々はさすがは王太子殿下の側近に抜擢されるだけあってとても優秀だわ」
「能力は申し分ないのはわたしだって認めてる。付き合いたくないって不満なだけさ」
「だからこそ彼らは溺れるしかないのだけれど、ね」
ミッシェルの最後の一言の意味が分かったのはそれからしばらく後のことだった。
彼らは優秀だった。優秀過ぎた。そして自分に絶対の自信を持っていた。
だからこそ彼らは破滅したのだ。
彼らの類まれなる才能は、武力も、財産や人脈も、叡智も無力だった。
そう、奸智の前には、全てが。
故に彼らは三馬鹿なのだ。そう後の世にも語り継がれることだろう。
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