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王太子は一線を越えた。義妹は笑った
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「生殺しな。なのに堪えようとしても王太子の周りには誘惑が多すぎる、と」
「だからって「分からない」呼ばわりされるほど突き放した覚えはないのだけれど、ねぇ」
そんなわけで王太子は段々と追い詰められ、それをポーラが慰める構図が生まれたのが現在というわけだ。王太子はミッシェルを「冷たい」だの「情がない」だの言っているけれど、わたしからしたら頭の中が桃色な状況だと気持ち悪いだけだ。
なお、ミッシェルは相変わらず王太子との逢瀬に遅刻してポーラの好き放題にさせている。今日に至ってはわたしをまきぞえ……もとい、わたしを相手に隣室で優雅にくつろぐ有様だ。二人のやり取りを観察しながら。
「それでもお義姉様はトレヴァー様に寄り添ってくださいますわ。きっとどなたよりも完璧に義務を果たし、トレヴァー様を公私共に支えてることでしょう」
「だったらどうして今苦しむ私に寄り添ってくれないのだ!」
「公爵家の娘として、トレヴァー様の婚約者として立派に責務を果たしています。逆に言えばそれ以上にもそれ以下にもなり得ません。節度をわきまえているんです」
「そんな義務感でしか接してくれないなんて、あまりにも残酷すぎる……!」
随分と身勝手に嘆いている王太子に対して妹が投げかける言葉は、一見すると王太子を思っている。けれどじっくりと咀嚼すると、絶妙に一線を越えていないのが分かる。あくまでも自分は婚約者であるミッシェルの妹である、との立ち位置から離れていないようだ。
あまりにも危険な綱渡り。しかしポーラならやり遂げる。そんな確信をミッシェルもわたしも懐きながらもなおポーラを止めようとしない。当事者のミッシェルがポーラの行動を計算に含めているようだし、わたしもポーラに言葉巧みに唆される男への慈悲はない。
「国王陛下にお願いして婚姻を早めてもらうのはどうですか? あともう少しなんですから、披露宴とかの正式な催しはその時にして、先に夫婦になっちゃう、みたいな」
「全ての貴族の手本となる王族、ましてや王太子の私がそんな真似をするなど許される筈がない」
「え、と。じゃあ思いの丈をお義姉様に洗いざらい打ち明けて、受け入れてもらうのはどうでしょうか?」
「ミッシェルが同意してくれると思うか?」
しないわね絶対に、と口ずさみながら目の前のミッシェルは紅茶に口をつけた。
わたしの義妹はとことん義務はあっても義理や情は無いようだ。
少しだけ、ほんのちょっぴりだけ王太子に同情してしまった。
「私はクリフォード達のように軽々しくそのような店に行けないし、この欲求を晴らせる相手を王宮に招くわけにもいかない」
「手詰まりなんですね。お可哀想に。国の全てを手中にしながら何も出来ないなんて」
「ポーラ……私の心を分かってくれるのは君だけだ」
「光栄です、トレヴァー様」
ここで弱みを見せる王太子にすり寄ったり甘く囁やこうものならポーラは不貞を働いたことになるのだけれど、一切そんな素振りは見せなかった。あくまでポーラは王太子を親しい友人として接している。いわば手を伸ばしても指先が触れるか触れないかの立ち位置を保ち続けている状態だ。
煩悩に支配されつつある王太子にとってその扱いはとてももどかしく、そして劣情を増幅させるには充分すぎた。縋るように、そして切なそうにポーラに視線を向けていた彼は、次第に彼女だけに視線を注ぐようになった。
あの目は、マズい。
貧民街でもたまに見かけた、雄が雌を求める本能的なものだ。
「止めなきゃ……!」
「座りなさいジュリー」
「でも……!」
「そうなるよう仕向けたのは他ならぬポーラよ。分かっているでしょう?」
思わず立ち上がったわたしをミッシェルが静止する。理路整然とわたしを諭すミッシェルだったけれど、目はそんなふうに語っていなかった。「邪魔するな」とだけわたしに訴えるばかりだった。
「ポーラ。私は君を求めたい、と言ったら軽蔑するか?」
「え? ご冗談を。トレヴァー様にはお義姉様がいらっしゃるじゃあないですか」
「駄目なんだ。私は皆が考えているよりずっと愚かだったらしい。もうこの想いは止められないんだ」
「お、お止めください。お義姉様がいらっしゃったらどう弁明したら……」
「その時は私が全ての責任を被ろう。ポーラ、愛している」
「トレヴァー様……」
その後、王太子がポーラに何をしたかは語るまでもない。少し付け加えるなら、王太子が満足するまでミッシェルは一切邪魔をせず、むしろ声を押し殺して笑い続ける始末だった。その瞳に狂気を宿らせて。
「素晴らしい、完璧よポーラ! 私に目に狂いはなかったわ!」
なるほど、確かにミッシェルが望んだ光景なのだろう。
婚約者を寝取られた貴族令嬢などまさしく無能で、無価値で、無意味だ。
しかし、この程度で満足するミッシェルでないのはわたしが一番良く分かっている。
「これで私の悲願は果たされる!」
破滅の宴の準備は整いつつあった。
「だからって「分からない」呼ばわりされるほど突き放した覚えはないのだけれど、ねぇ」
そんなわけで王太子は段々と追い詰められ、それをポーラが慰める構図が生まれたのが現在というわけだ。王太子はミッシェルを「冷たい」だの「情がない」だの言っているけれど、わたしからしたら頭の中が桃色な状況だと気持ち悪いだけだ。
なお、ミッシェルは相変わらず王太子との逢瀬に遅刻してポーラの好き放題にさせている。今日に至ってはわたしをまきぞえ……もとい、わたしを相手に隣室で優雅にくつろぐ有様だ。二人のやり取りを観察しながら。
「それでもお義姉様はトレヴァー様に寄り添ってくださいますわ。きっとどなたよりも完璧に義務を果たし、トレヴァー様を公私共に支えてることでしょう」
「だったらどうして今苦しむ私に寄り添ってくれないのだ!」
「公爵家の娘として、トレヴァー様の婚約者として立派に責務を果たしています。逆に言えばそれ以上にもそれ以下にもなり得ません。節度をわきまえているんです」
「そんな義務感でしか接してくれないなんて、あまりにも残酷すぎる……!」
随分と身勝手に嘆いている王太子に対して妹が投げかける言葉は、一見すると王太子を思っている。けれどじっくりと咀嚼すると、絶妙に一線を越えていないのが分かる。あくまでも自分は婚約者であるミッシェルの妹である、との立ち位置から離れていないようだ。
あまりにも危険な綱渡り。しかしポーラならやり遂げる。そんな確信をミッシェルもわたしも懐きながらもなおポーラを止めようとしない。当事者のミッシェルがポーラの行動を計算に含めているようだし、わたしもポーラに言葉巧みに唆される男への慈悲はない。
「国王陛下にお願いして婚姻を早めてもらうのはどうですか? あともう少しなんですから、披露宴とかの正式な催しはその時にして、先に夫婦になっちゃう、みたいな」
「全ての貴族の手本となる王族、ましてや王太子の私がそんな真似をするなど許される筈がない」
「え、と。じゃあ思いの丈をお義姉様に洗いざらい打ち明けて、受け入れてもらうのはどうでしょうか?」
「ミッシェルが同意してくれると思うか?」
しないわね絶対に、と口ずさみながら目の前のミッシェルは紅茶に口をつけた。
わたしの義妹はとことん義務はあっても義理や情は無いようだ。
少しだけ、ほんのちょっぴりだけ王太子に同情してしまった。
「私はクリフォード達のように軽々しくそのような店に行けないし、この欲求を晴らせる相手を王宮に招くわけにもいかない」
「手詰まりなんですね。お可哀想に。国の全てを手中にしながら何も出来ないなんて」
「ポーラ……私の心を分かってくれるのは君だけだ」
「光栄です、トレヴァー様」
ここで弱みを見せる王太子にすり寄ったり甘く囁やこうものならポーラは不貞を働いたことになるのだけれど、一切そんな素振りは見せなかった。あくまでポーラは王太子を親しい友人として接している。いわば手を伸ばしても指先が触れるか触れないかの立ち位置を保ち続けている状態だ。
煩悩に支配されつつある王太子にとってその扱いはとてももどかしく、そして劣情を増幅させるには充分すぎた。縋るように、そして切なそうにポーラに視線を向けていた彼は、次第に彼女だけに視線を注ぐようになった。
あの目は、マズい。
貧民街でもたまに見かけた、雄が雌を求める本能的なものだ。
「止めなきゃ……!」
「座りなさいジュリー」
「でも……!」
「そうなるよう仕向けたのは他ならぬポーラよ。分かっているでしょう?」
思わず立ち上がったわたしをミッシェルが静止する。理路整然とわたしを諭すミッシェルだったけれど、目はそんなふうに語っていなかった。「邪魔するな」とだけわたしに訴えるばかりだった。
「ポーラ。私は君を求めたい、と言ったら軽蔑するか?」
「え? ご冗談を。トレヴァー様にはお義姉様がいらっしゃるじゃあないですか」
「駄目なんだ。私は皆が考えているよりずっと愚かだったらしい。もうこの想いは止められないんだ」
「お、お止めください。お義姉様がいらっしゃったらどう弁明したら……」
「その時は私が全ての責任を被ろう。ポーラ、愛している」
「トレヴァー様……」
その後、王太子がポーラに何をしたかは語るまでもない。少し付け加えるなら、王太子が満足するまでミッシェルは一切邪魔をせず、むしろ声を押し殺して笑い続ける始末だった。その瞳に狂気を宿らせて。
「素晴らしい、完璧よポーラ! 私に目に狂いはなかったわ!」
なるほど、確かにミッシェルが望んだ光景なのだろう。
婚約者を寝取られた貴族令嬢などまさしく無能で、無価値で、無意味だ。
しかし、この程度で満足するミッシェルでないのはわたしが一番良く分かっている。
「これで私の悲願は果たされる!」
破滅の宴の準備は整いつつあった。
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