自称無能で無価値で無意味な義妹はやっぱ優秀だと思うんだけど

福留しゅん

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公爵代行は女公爵の手の上で踊ってただけだった

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「はるか遠くの原住民族に伝わる、現代医学では検出されない毒薬、だったかしら。お医者様から突然死と告げられた時はさぞ内心でほくそ笑んでいたことでしょう」

 母の言葉に会場内は騒然となった。

 それもそうだ、名高い女公爵の死因が単なる不幸などではなく毒殺、しかも犯人がその夫ともなれば、国を揺るがす一大事だ。そして目の上のたんこぶを排除して最も利を得たのがデヴィットなのだから、山積みになった状況証拠の前にもはや言い逃れは不可能だろう。

 母が手にする瓶の中身の成分が解明されれば未知の毒物であることが証明される。あとは母が調べた毒薬の購入履歴を追えば、かつてデヴィットが同じものを入手していたことが時間を置かずに発覚するだろう。

「それにしても旦那様ったら、後から検死をされないように前公爵閣下の遺体を火葬になさるなんて、ね」
「「「何だって!?」」」

 母の一言に会場内が更にどよめく。
 この国では宗教的な意味から人の遺体は土葬される。肉体の残らない火葬はよほどの重罪を犯した者にされる仕打ちであり、人の尊厳を踏みにじる最大の侮辱だ。亡くなった相手になお屈辱を与えるなど、外道の成す罪深き蛮行だろう。

「どれもこれも私の可愛い後輩達が旦那様の自慢話を聞いて報告してくれましたわ。まさかそれらがまるごとホラ話だった、とは言いませんわよね?」
「何を言い出すかと思えば……所詮は娼婦共の戯言だろう。大方私を脅して小金をせしめようと目論んでいるのではないか?」
「ええ、おっしゃるとおりですわ。だって旦那様、あの最後まであのクソ女の手の上で踊っていただけですもの」
「!?」

 それは突然だった。母は化粧瓶の蓋を開けて、一気に飲み干したのだった。

 会場内に悲鳴が響き渡る。中には青ざめて失神する婦人もいた。何名かが母のもとに駆け寄るけれど、その者達を母は瓶を持たない方の手で制し、瓶を持つ方の手の袖で口元を拭った。

「コレ、中身は果汁水ですわ」
「……は?」
「毒物ではありませんから、死ぬ心配はございません」

 何の茶番だ、とは何人思っただろうか。デヴィットもそのうちの一人だったらしく、あからさまに安堵の表情を浮かべてから嘲笑を浮かべ、しかし程なくして顔がひきつり、顔を真っ白にして言葉を失った。その様子はさながら百面相だな、と思った。

「そう、旦那様が前公爵閣下を暗殺しようと企てた際に入手した品も実際は果汁水。一瓶丸々盛ろうが健康に害は無いでしょう」
「ば、馬鹿な……! 私は確かに懇意にしている商人から絶対に発覚しない毒を入手した筈だ!」

 あまりにうろたえているからか、デヴィットは自分が何を口走っているのか理解していないだろう。けれどデヴィットには周囲の動揺は目に入らないようで、母が突きつけた現実を否定しようと必死だった。

「ですから、その商人とやらも前公爵閣下とぐる、というより旦那様を試す刺客だったのではないでしょうか? 旦那様はまんまと吊るされた餌に食いついた、というのが真相でしょう」
「ありえん、ありえん……! あの女は私がこの手で殺した筈だ、そんなわけが……!」
「そんな検出されない未知の毒物、なんて都合のいい代物を信じるなんて、意外と旦那様は純真なのですね。信じたくないのでしたらその御用達の商人を問い詰めてはいかがでしょうか?」
「では、何故あの女は死んだのだ……?」

 自分が信じていた事実が虚像だったデヴィットは声を絞り出すように母に尋ねた。それはまるで救いを求めて母にすがるようだった。母はそんな無様な男に向けて深い溜め息を漏らす。それはかつて体を重ねた異性に向けたものとはとても思えなかった。

「お医者様が診断なさったでしょう、突然死だと。強いて誰が殺したか、と問うのでしたら、その答えは彼女自身なのでしょう」
「ど、ういう……ことだ……?」
「彼女は優秀でした。優秀過ぎました。何をやっても人一倍にこなす彼女にとっては周りの輩など誰もかれも取るに足らない存在だったのでしょうね。人に任せるより自分でやった方が遥かに効率的なんですもの。自然と何もかも自分でやるようになっていったのではないですか?」

 デヴィットは母の問いかけに答えなかった。沈黙は肯定と受け止めた母は続ける。

「彼女の誤算は彼女が考えているより強くなかった、あたりなんでしょうね。休息や睡眠の時間を削ってご自分の使命に没頭し、最後は境界を見誤って溺れ死んだ。ま、これらはあくまで私の勝手な推測ですけれど」
「自業、自得……」
「ですので、旦那様は前公爵閣下の死には全く、微塵も関係していませんわ。娼館で後輩達に仰っていた自慢話も話半分。良かったですわね、罪を犯していなくて」
「そんな、では私は……」

 デヴィットは膝から崩れ落ち、がっくりと項垂れた。
 何故なら、デヴィットは結局女公爵の見立通りに面白おかしく踊り回った道化でしかなかったのだから。

 そんな哀れな男に対し、母が向ける眼差しは冷たいままだった。怒りも悲しみも嘲りも無く、ただ軽蔑のみがこもっていた。

「暗殺未遂に死体損壊。物的証拠はあがっていませんが、旦那様の罪は明らかです。ポーラに公爵の座を明け渡して引退なさるべきかと」
「い……嫌だ! せっかくあの忌々しい女がいなくなったのに、何故私が譲らなければいけないんだ!」
「あらあら、旦那様は大変お疲れのようで。早く休んでいただきましょう」

 母が目配せを送ると、会場の警備として隅に控えていた衛兵達がデヴィットを拘束する。何やら喚くデヴィットは衛兵達に連れ出され、退場していった。
 おそらくだが、もうわたしが彼と会うことはないだろう。
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